「あいかわらず、王立研究院は、ロマンの欠片もないみたいね」
断言したのは、流れ星のような少女。
小気味良く、無駄なものがない空間で響く。
「突然ですね」
主星の王立研究院の主任は立ち上がり少女を出迎えた。
「その割には、ずいぶんと冷静じゃない」
新宇宙の女王補佐官殿は、機嫌良く笑う。
候補生時代から何一つ変わらない少女に軽く驚く。
それが当然だということを再認識した。
彼女の中の時は止まり、自分の中の時は流れていく。
静かにその差は広がっていく。
まるで、地表と月の距離のように、少しずつ。
わずかに寂しいと思った。
「シミュレートしました」
エルンストは言った。
「そんなにわかりやすい?」
「いいえ。
ですが、お祭りごとが好きなのは、あなた一人ではありませんから」
男性は苦笑した。
何故か、彼の周囲には控えめに言って「にぎやか」な人間が多い。
「なるほどね」
レイチェルはクスクスと笑った。
「確認するまでもありませんが、仕事はきちんと果たしてきたんですか?」
「うん、大丈夫☆
ちゃーんと、調整してきましたとも。
ちょー有能な女王補佐官だからね♪」
少女は、明るく言ってのける。
天才という称号を与えられ続けてきた子どもにとって、どんなものも遊戯にしか過ぎないのだろうか。
苦労を知らないように見える。
「それで、どうしてこっちは曇りなの?」
暁色の瞳には、ありありと不満だと書いてあった。
「それが予定です」
「今日ぐらい、特例を設けても良い気がするんだけど」
宇宙が映し出されているスクリーンをレイチェルは見る。
そこには、この世界のありのままの姿が存在した。
幾億の星々、豊かな生命の輝き。
「そういうわけにはいきません」
「織姫と彦星がかわいそうだよ〜」
子どもじみたことを口にする。
まだ、彼女の精神は16歳だということを思い出す。
その肩に乗る責任の重さを、エルンストはちらりと見やる。
宇宙は、子どもと呼んでも差し支えのない年齢の少女の努力で成り立っている。
生まれたての宇宙も、この宇宙も。
一介の研究員にはどうすることもできない事象。
見つめ続けることしかできない。
「同じ宇宙で並んでいるんです。
情熱さえあれば、逢うことも不可能ではないでしょう」
「妬いてるの?」
「何がですか?」
意味を取りかねて、エルンストは聞き返した。
「そうだったら、良いなって思っただけ。
気にしないで」
レイチェルは意味深に肩をすくめた。
「今日は恋人たちのお祭りなんだって」
付け加えるように、話題を替える。
「七夕にちなんで、いくつか記念日に制定されていますね。
化粧品や、香水、宝石などの会社が各自決めているようですが」
「あぶれちゃったから、付き合って。
こういうとき、女の友情って薄情だと思っちゃうよ。
エルンストは暇でしょ?」
強引な誘いは、まるで命令のようだった。
そこがまた彼女らしい、と思うのも事実だった。
不快感はない。
「決めつけですね」
形ばかりの反論をする。
「こんな日に、一人で仕事してるんだからデートする相手いないでしょ!」
「相手がいたらどうしますか?」
「その相手は、間違いなくワタシだよ」
レイチェルは得意げに笑み浮かべる。
「……。
降参です。
あなたの熱意に負けました。
どこへ行けばよろしいのでしょうか?」
エルンストはためいきをついた。
「遊園地!
新しいアトラクションできたんでしょ?
楽しみだったんだよね♪」
チェックも抜かりなく、高らかに少女は言う。
嬉しそうなその顔を今夜の天気のようにするのは忍びなく、
「了解しました」
エルンストはうなずいた。