メール

「あー、やっぱり変だよ!」
 チョー優秀な女王補佐官こと、レイチェル・ハートは、自室のパソコンの前で叫んだ。
 モニターには、ちょっとばかり恥ずかしい文字の羅列がしっかりと映っていた。
 自分で書いたとは思えない陶酔の入った文章は、間違いなく自分が昨日打ったものだ。
「天才少女と言われたワタシがこんなところで、つまずくなんて」
 レイチェルは頭を抱えた。
 何のことはない、ラブレターを作っているのだが、どうにも上手くいかないのだ。
 書けば書くほど意味不明な文章になっていく。

「はあ」
 紫の瞳の少女はためいきをついた。
「どうしよう、これ」
 こんなものじゃ送れない、とは思うものの。
 消去するのは、何故かもったいないと感じてしまう。
 睡眠時間を削って打ったチョー大作なのだ。
 ループする思考に、レイチェルはうんうんうなる。
 天才と呼ばれてもしょせん人の子。
 恋には不器用だった。

 トントン

 ためらいがちなノックの後。
 栗色の髪の女王がドアから顔をのぞかせた。
「おはよう、レイチェル。
 調子……悪いの?」
「おはよう、アンジェ。
 体の調子?
 今日もチョー元気だよ♪」
 レイチェルはニコッと笑った。
「こんな時間だから」
 アンジェリークは心配そうにレイチェルを仰ぐ。
「え?」
 紫の瞳は慌てて、モニターで時間を確認する。
「あ、もう、こんな時間だったんだ。
 ゴメンゴメン。
 ちょっと、私用で」
「そう、なら良いんだけど」
 アンジェリークはほっとしたのか、小さく笑った。
「心配かけちゃってゴメンね」
「ううん、気にしないで。
 ところで、それって」
 青緑の瞳がモニターを注視する。
 レイチェルは素早くモニターの電源を落とした。
「あ、これ。
 何でもないよ!
 気にしないで!!」
「そう?」
 アンジェリークは不思議そうにレイチェルを眺めた。


 これが今日の朝のことで、事態は急展開する。
 レイチェルは全力で、王立研究院まで走る。
 もっと警戒しておけば良かった。
 ぽよよんとした外見に騙されるけど、親友はもっとしたたかなタイプだった。
 それを少しばかり、忘れ去っていた。
 親友の計画的犯行に、頭が来ると思うよりも、あせりの方が勝ってしまった。
 挨拶してくる研究員を無視して、レイチェルはエルンストの元に一直線に向かう。

「ようこそ、王立研究院へ。
 研究院一同……」
 お決まりの挨拶をしてくる年上の男性の胸ぐらをつかむと、レイチェルは尋ねた。
「今日来たメール。全部、読んじゃった?」
「はい」
 エルンストは簡潔に答えた。
 レイチェルはそこで力が抜けた。

 まさか推敲中のラブレターが送られてしまうなんて、レイチェルでも予測できなかった。
 しかも、しっかり読まれているなんて。
 読む前に回収できたら良かったのだが、メールだ。
 光の速さで送られてしまう。

「それで2、3点気になる点があったのですが、よろしいですか?」
 いつでも冷静な年上の男性は、こんなときまで冷静だった。
「こちらなのですが、スペルミスがありました」
 エルンストはプリントアウト済みのラブレターをファイルから出した。
 ご丁寧に赤ペンで修正してある。
「お返しします」
 エルンストは事務的にその紙をレイチェルに返す。
 踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。
 生まれて初めて不本意ながら出したラブレターが、添削されて返却されたのだ。

「感想とか……返事とか……ないわけ?」
「返事ですか?
 …………もしかして、私あてだったのですか?」
「そうだけど?」
 レイチェルは唇をとがらせる。
「いえ、てっきり。
 他の方に差し上げるのか、と思っていました。
 いつもは入っている貴方の署名がなかったので、こちらに来たのは転送ミスだと……」
 エルンストはしどろもどろと言った。
「つまりはそういうことなのよ。
 返事は?」
 レイチェルはエルンストを見つめた。
 とりあえず返事をもらわなければ気がすまない。
 自分の気持ちはバレてしまったのだ。
 隠す必要はどこにもない。

「後日、メールにて返信します。
 今は混乱していて。
 あなたの期待に応えられそうな気がしませんから」
 エルンストは困惑気味に答えた。
「ちゃんと、返事してよね!
 ……待ってるから」
「はい」


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