「寒いね」
その言葉に、ホーリーグリーンの瞳が転じる。
元気のない少女が、窓辺にたたずんでいた。
「寒いね、キール」
寂しそうな焦げ茶色の瞳がキールを見つめた。
「冬だから、当然だろう」
青年は言った。
「こっちは寒いなぁと思って」
芽衣は小首をかしげて、小さく笑った。
いつの頃からか、キールの胸には細い針が刺さっている。
けして、抜けないそれがチクリチクリと、思い出したように動く。
心臓の鼓動にあわせて、キールを苦しませる。
「だからと言って、魔法を使うんじゃないぞ。
お前の魔法は制御できないんだからな。
ファイアーボールなんて、使ってみろ。
あっという間に、部屋が消し炭だ」
キールは言った。
「部屋を暖めるのに、攻撃魔法なんて使わないよ。
……もしかして、そういう魔法ってないの?
室温をちょっと上げるって」
芽衣はきょとんとした。
それを見て、キールは溝を感じる。
豊かな世界で暮らしていたのだろう。
様々な知識があふれかえっているのだろう。
芽衣の発想は、突拍子もなかった。
「そんな便利なものはないな。
何の媒体も使わずに、空気だけを暖めるということだろう?
火を使い、暖めるとしても、どう持続する?
外の冷たい空気が入ってくる」
「……難しそうだね」
「難しい、の間違いだな」
キールはためいきをついた。
「そっかぁ。
それじゃあ、しょうがないよね」
あちらとこちらを知る少女は、両方を比べて。
そして、こちらに……落胆する。
それがキールの神経を細らせ、尖らせる。
「寒いと文句をつけるなら、暖炉の側にいればいいだろう」
窓際にいるから、余計寒く感じるんだ。とキールは言った。
「雪が降るかな、って思ってさ」
芽衣は子どものように、ペロッと舌を出す。
無邪気な仕草と、声音が食い違っていた。
明るいはずの声が寂しそうに言う。
少女が『雪』を願うのは、何故だろう。
キールにはわからなかった。
わかりたいのに、わからない。
まるで二つの世界のように、理解しがたい。
「寒いから、雪が降るかなって思ったんだ」
芽衣の言葉につられたように、ホーリーグリーンの瞳が窓の外を見る。
不自然なまでに白く、明るい雲が広がっていた。
それに照らされて、外はいつもより明るかった。
「降るかもしれないな」
キールは呟いた。
「ホント!?」
あっけなく芽衣の声は、普段どおり。
驚いて青年は少女を見た。
「雪、降るの?」
「ああ」
青年はぎこちなくうなずいた。
「やったー!」
芽衣は満面の笑みを浮かべる。
「雪がそんなに好きなのか?」
「だって、雪が降るってドキドキしない?
積もったら、一面の銀世界だよ!」
「ただの天候の一種だ」
「雪合戦に、雪ダルマ。
いっぱい遊べる!」
芽衣はギュッとこぶしを握る。
「…………遊ぶ予定だったのか」
キールはがっかりした。
あれこれと心配した俺が馬鹿だった。
てっきり、郷愁に駆られたのかと思っていた……が。
それは心配になるな。
遊ぶつもりで、雪待ちか。
…………なるほど。
「もちろん、キールも一緒だよ!」
「初雪は積もらない可能性が高いぞ」
「そしたら、積もった日までのお楽しみ。
約束だよ!」
どこまで前向きな少女である。
芽衣は楽しそうに笑う。
「降ったらな」
キールは肩をすくめた。
後日。
約束遂行を迫られた緋色の魔導士は、のらりくらりと逃げ回った。
その結果、高貴な方々までも巻き込むことになり、院内ではなく、王宮の中庭で雪合戦をさせられたという。
天災魔導士メイ=フジワラの活躍があったとか、なかったとか。
それは当事者だけが知っている。