北風が乾いた冷気を運んできて、静かに冬がやってきた。
日増しに夜が長くなり、街は活気を持つ。
子どもたちは指折り数えて、大人たちは微笑み交わして、待ち望む。
もうすぐ、降誕祭がやってくる。
そんなある日のこと。
皇太子のセイリオスは相変わらず多忙な日々を送っていた。
生涯秘密にしておかなければならない事柄は、最愛の妹姫に知られてしまったが、その地位はまったく揺るいでいなかった。
セイリオスはこの国の皇太子であり、少女の兄であった。
それを複雑な思いで、セイリオスが受け入れたことは、まだ秘密のままであった。
執務を終え、長い回廊を渡る。
穢れなき白いマントがひるがえり、水色の髪が揺れる。
規則正しい足音と共に、それは私室に消えるはずだったが、青年は立ち止まった。
北風にカタカタと身を震わせる窓ガラスに、添う音があった。
小さすぎて、聞き落としそうになる。
そんなわずかな音に耳を止めたのは、青年が歌を好む性質だったからかもしれない。
セイリオスは耳を傾け、目を凝らす。
次の瞬間にはセイリオスは来た道を引き返していた。
長い長い道をもどかしそうに急ぎ足で向かう。
冬枯れの夜の庭に。
冷たい風は、空の雲を払い、月と星の輝きを明るくする。
真昼には劣るが、明るい光の中、歌が響く。
細く高い歌声は祈りのように、無駄なものがなかった。
ただただ清らかだった。
不思議な言葉でつづられる音は、聞いたことのない旋律を持っていた。
歌をつくることを趣味としている青年は、かける言葉を胸にとどめる。
最後まで、聞きたい。
最後まで、歌わせてやりたい。
そう思ったのだ。
最後の一音が、夜にとけた。
セイリオスは見事な歌声に、拍手を送った。
びっくりとしたように桜色の髪の少女が振り返る。
同じ色をした瞳と、出会う。
「お兄様、いつからそこに?
不意打ちなんて、卑怯ですわ」
妹姫は、澄んだ声で言う。
まるでこの季節の月のように、混じりけのない光そのもののような声だ。
「ついさっきだよ」
セイリオスはマントの留め金を外す。
「月の姫の歌声に誘われてね」
ディアーナの肩に、そっとかけてやる。
マントの白さは、少女の髪の色を際立たせる。
春にしか咲かない花の色のような髪。
自分とは違う色だった。
「ありがとうですわ」
ディアーナは微笑んだ。
そのまばゆさにセイリオスは目を細める。
小さかった妹は、いつの間にか一人前の女性に近づいていた。
こうして、兄として接するのは、どのぐらいだろう。
春に再会して、季節は二つ過ぎて、別れが近づいていた。
次の春には、真っ白なウエディングドレスをまとう立派なレディを見ることになるだろう。
セイリオスの胸に、ほろ苦い感情がうずまく。
「あの歌は、不思議な歌だったね」
「ええ、メイから教えてもらいましたの。
あちらの世界の歌だそうですわ。
何でも、この季節に歌う歌なんだそうですの。
本当は……降誕祭までないしょにしておくつもりでしたのよ」
「どうしてだい?」
「お兄様をびっくりさせようと思って。
でも、ばれてしまいましたわ」
「私は十分驚いたよ」
「違いますわ。
降誕祭の贈り物にしようと思っていたんですのよ」
少女は唇をとがらせる。
その幼さに、セイリオスは安堵した。
「今から、新しいプレゼントを探さなくてはいけませんわ」
「邪魔してしまったようだね」
セイリオスは苦笑した。
「お兄様のせいでは、ありませんですわ。
もっと見つかりづらい場所で、練習すればよかったんですわ。
だから、気にしないでくださいませね」
「だが」
「プレゼントを探すのは、楽しいですわ。
二度もできるなんて、そうそうありませんもの」
ディアーナは前向きに言う。
謝罪の言葉は受け取ってもらえそうになかった。
「ありがとう、ディアーナ」
セイリオスは言った。
「はいですわ!」
「この歌を、私にも教えてくれないかな?」
「え?」
「月の下で独唱も素敵だが、日の下で合唱も楽しそうだと思うのだが……」
「名案ですわね。
お兄様は、さすがですわ!」
少女の紫色の瞳は未来への期待と兄への尊敬でキラキラと輝く。
それと同じ色の瞳は、寂しそうに笑う。
「楽しみだよ」
「はいですわ」
降誕祭の日、ごく親しい人たちを招いた席で、兄妹は仲良く歌声を響かせた。
拍手喝采の中、二人は幸せそうに瞳を交わすのであった。