悪戯


 ぴかぴかの春の日差し。
 すっごく、気持ちいい。
 こんな日はお昼寝だね♪

 小喬はニコッと笑って、回廊を跳びはねるように歩く。
 タラッタラッタと、床と靴が打ち合い軽快な旋律になる。
 明るい色の髪がそれに合わせて揺れる。

 じゃあ、あそこかな?
 そうしよう。
 きっとお日さまがぽかぽかであったかいはず。

 お昼寝にもってこいの場所を思い出し、小喬は方向転換をする。
 池を臨むように建てられた石造りの東屋。
 東屋は心地良さそうな日陰を提供していた。
 ピタッと軽快な足音が止む。
 小喬は小首をかしげる。
 長いまつげに縁取られた淡い色の瞳が瞬く。
 それから、できるだけ静かに東屋に入り込んだ。
 東屋に先客がいて、その人物は石卓に突っ伏すように眠っていた。
 小喬のそれとは違う、落ち着いた色合いの髪がサラサラと零れていた。
「周瑜さま?」
 少女は名を呼んでみる。
 起きる気配はなかった。
「疲れちゃったの?」
 小喬は周瑜の傍に腰かけた。
 滅多に見ることのできない姿に、小喬はここに昼寝に来たことも忘れて見入る。
 必要以上に背筋を伸ばしている姿ばかりが記憶にある。
 まるでそうしていなければ崩れてしまうのではないのか、と周囲を不安にさせるぐらいに。
 それはあまり良くないことだと、小喬は本能的にかぎとっていた。

 こんな周瑜さま、初めてかも。
 何だか嬉しいなぁ。
 みんなに自慢したいな。

 小喬は湧きあがる喜びに、口元がほころぶのを感じた。
 麗らかな春の日。
 時間がゆっくり過ぎていくような気がする。
 鳥の歌に耳を澄まして、流れ行く雲をぼんやりと眺める。
 その傍らには、最愛の人。
 フツーの女性なら、満足する展開だろう。
 が、小喬はどちらかと言うと落ち着きのない女の子である。
 いつまでたっても起きない周瑜に軽い不満を覚える。
 だからと言って、眠っている人をたたき起こすのは悪いから。

「うーん……あっ」
 少女はふと悪戯心を起こした。
 ちょっとやそっとでは起きなさそうなのだ。
 前々から、やってみたかったことがある。
 それを実行するのに、またとない機会だった。
 小喬は周瑜の髪を一房手に取った。
「えへへ」
 適度な腰のある艶やかな髪。
 絹のようなという形容詞がつきそうな髪を、小喬は器用な手つきで三つ編みを始める。
 癖のない髪と言うのは思うよりもまとめづらい。
 小喬の小さな手から髪はスルスルと逃げいこうとするし、きちんと押さえていないとすぐにバラけてしまう。
 苦戦しながらも編み上げた髪の端を、綺麗な飾り紐で結ぼうとしたら。

 こらえきれない笑い声を聞いた。

 小喬は驚いて持っていた髪を離してしまう。
 途端に、髪は元通り。
 まるで少女の苦労をあざ笑うかのように、さらりと背に戻る。
 青年は上体を起こして、小喬を優しげに見つめる。
「周瑜さま。
 いつから起きてたの?」
 悪戯がバレて居心地悪い。
 小喬は尋ねた。
「三つ編みを始めた頃だろうか」
 周瑜は微かに笑みを浮かべる。
「起きてたなら、すぐに起きてくれれば良いのに」
 小喬は唇をとがらせる。
「つい、悪戯心を起こしてね。
 小喬が何をするのか見てみたかったんだよ」
 周瑜はくすくすと笑う。
 力強い腕が伸びてきて、抱き寄せられた。
「周瑜さまのバカッ」
 小喬はギロリと睨む。
「どうすれば許してくれるだろうか?」
 小喬が怒って見せても、青年はちっとも動じていなかった。
 そういうところは頼りになると思うのだけど、不満の一つでもあった。
「もう口をきいてあげないんだから」
 少女はぷんと顔をそむける。
「それは困ったな」
 そう口にしながら、全然困っているようには見えなかった。
 周瑜はそれ以上、弁解の言葉は言わなかった。


 ゆっくりと時間が流れていく春の日。
 若い夫婦は、穏やかな時間を過ごしたそんなある日のことだった。


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