悲しいことがあったの。
涙が止まらないの。
武芸は好き。
でも、人が死ぬのはキライ。
戦でたくさんの人が死んだ。
その中に、大切な人がいた。
みんな、泣かないでがんばっているから。
私も泣いちゃいけないんだ、と思った。
孫尚香は私室を抜け出して、庭の片隅にいた。
誰にも見つからないように体を丸めて小さくなっていた。
大きな緑の瞳は、涙があふれていた。
声を殺して、幼い少女は泣いていた。
本当は大声を上げて、その悲しみを解放したいのに、それはできない。
だからと言って、いつものように笑顔を浮かべることもできないから、隠れて泣いていた。
カサッ
尚香が身を潜めていた茨垣が揺れた。
少女は驚いて、顔を上げた。
最後の涙の一滴が少女の白い頬をすべり落ちた。
見知った少年が、血のにじむ右手を押さえて立っていた。
花薔薇の棘が、突き刺さったのだろう。
「ちょっと、間抜けですね。
もっと、かっこよく登場しようと思っていたんですが」
陸遜はためいきをつくと、尚香の隣に座った。
「痛そう」
尚香は陸遜の右手にふれた。
「かすっただけです。
すぐに治りますよ。
それよりも、あなたのほうが痛そうだ」
陸遜は困ったように微笑んだ。
ためらいがちに尚香の頬にふれる。
右手ににじむ血の鮮やかさ、その手のぬくもりに、尚香の心臓がトクンッと跳びはねた。
「一人で、こんなところで泣くなんて、寂しすぎますよ」
普段は穏やかなはしばみ色の瞳に、真剣な光が宿る。
「だって、みんな我慢してるんだもの。
兄様が死んで……。
それなのに、私ばっかり泣くわけにいかないじゃない」
尚香は無理やり笑顔をつくった。
「悲しいとき、泣くのは当たり前のことですよ」
泣いてもいいんですよ。
そう言われた気がした。
私の前では、泣いても良いですよ。
黙っていて差し上げますから。
きっと、言葉はそう続く。
尚香は陸遜の胸に飛び込んだ。
そして、声を上げて泣いた。