次期曹魏の皇帝として、日記をつけたほうが良いと言われたので、今日から日記をつけようと思う。
私の姓は曹、名は叡。
『叡』という字はとても素晴らしい意味がある。
天子という意味だ。
お祖父様が名づけてくれた。
これに関しては、色々とあるから割愛する。
父上は、曹魏の皇帝陛下。
母上は、その唯一無二の妃であり、皇后陛下でもある。
妹に東郷がいる。
……もう、書くことがないや。
「そんなことでどうするんですか!?」
と、今仲達に怒られた。
仲達というのは、お祖父様の代から仕えている顔色の悪い軍師だ。
父上の教育係だった。
姓を司馬、名を懿。
ちなみに『懿』というのは、婦道を意味する漢字で……。
仲達は男なのに、女みたいな名がついている。
「そんなことまで書かなくて良いんです!」
と、また仲達に文句を言われた。
仲達は、本当に怒りんぼだ。
書くことがないのに、書かなきゃいけないというのは大変だ。
あ、一つあった。
この前のこと。
母上と話をしていた。
前々から疑問に思っていたから、母上に尋ねてみた。
「母上、一つ質問してもいいですか?」
曹叡は言った。
「まあ。
阿叡(叡ちゃん)どうしたのかしら?」
甄姫は優しげに飴色の瞳をなごませる。
その美しさに、まだ幼い少年は頬を紅潮させる。
天女のよりも美しい女性が、母であることが誇らしかった。
「母上は父上のどこがお好きなのですか?」
曹叡は母譲りの瞳をきらきらと輝かせて尋ねる。
「さあ、どこかしら?」
ほろほろと零れるように咲く芍薬の花を思い起こさせる。
そんな艶やかな笑顔で甄姫は言った。
曹叡はうっとりと母の笑顔に見蕩れた。
なので、後日。
父上にそのことを教えてあげた。
「そんな余計なことをしたんですか?」
と、仲達は言っている。
余計なことだったんだろうか?
「父上!」
「叡か」
色素の薄い瞳は我が子の姿を認めた。
「勉学に励んでいるのか?」
曹丕は尋ねた。
「はい、もちろんです!」
曹叡は胸を張って答える。
近寄りがたいと評される曹魏の皇帝ではあるが、少年にとっては父。
臆することなく、笑いかける。
そんな我が子の屈託のなさに、曹丕はかすかに笑む。
「この間、母上に訊いたのです」
曹叡は手短に先日のことを話した。
「……そうか」
曹丕はつぶやくように言った。
と言うことがあった。
「それだけですか?」
と仲達が訊く。
話はそれだけだ。
あ、ずいぶんと埋まったぞ、仲達。
こんな感じで良いのか?
日記というものは面白いな。
これだったら、たまにだったら書けそうだ。
え、毎日書くのか……?
日記だからか?
「……ふっ。
だが、そんなことは問題ではない」
曹魏を担う少年は、父のように言い切った。