金属がぶつかる音。
断末魔の声。
人の肉が燃える匂い。
土埃の中。
満天白月の下。
妖艶に咲き誇る華があった。
この夜、曹操の息子――曹丕、字は子桓にとって初陣であった。
戦特有の高揚感に、青年も酔っていたのだろう。
双刃剣を握りなおし、それと対峙した。
おおよそ人とは思えない。
女のカタチをした、別の何かがいた。
血溜まりの中で微笑むイキモノは強く美しかった。
心が引き寄せられるのがわかった。
子桓は自軍が屠られていくのをただ見つめた。
それの戦う姿は、苛烈なほどに美しく、熾烈なまでに鮮やかだった。
指揮官として、許されない行為であることは十二分にわかっていた。
それでも、見ずにはいられなかった。
欲しい、と思った。
「名は?」
子桓は問うた。
棘華は、子桓に気がついた。
体の一部のような鉄笛の音が途切れ、醒めた眼差しが投げかけられた。
紅玉のように紅い唇が笑みを刻む。
「訊いてどうするおつもり?」
女は嘲笑した。
「そなたを手に入れる」
青年の潔い答えに、その笑みは深いものになる。
「ただでは手に入りませんわよ」
「無論。
簡単に手に入ってしまったら、つまらぬ」
子桓は双刃剣を構えた。
「威勢の良いことですわね。
ですが」
棘華は周囲を見渡す。
「今宵は帰らなければならないようですわ。
失礼」
言うが早いか、女は駆け出した。
地の利はあちらにある。
ましてや、夜。
子桓はその背を見送るにとどめた。
「女にしておくには惜しいな」
悔し紛れに青年はつぶやいた。
名だたる将でも退き際を誤まることがある。
あの女はそれを見誤らなかった。
「また、会うこともあろう」
子桓は天を見上げた。
戦いは静かに収束しかけていた。
どちらの勝ちともつかぬまま、明日を迎えようとしていた。
青年の脳裏にあったのは、未来の勝利ではなく、どす黒い欲望であった。
子桓は生まれて初めて、魂が灼きつくような想いを味わった。