「司馬懿様〜、大好きです!」
唐突さが売りな司馬懿の恋人・は言った。
「あれ、驚かないんですね」
クリッとした大きな瞳が司馬懿の顔を覗き込む。
「聞き飽きた」
書類の作成に忙しい司馬懿は憮然と言う。
「そんなに言ってますか?」
少女は小首をかしげる。
「お前の大好きは口ぐせだろう」
ためいき混じりに青年は言った。
「そんなことありませんよ。
司馬懿様にしか言ってません」
「この前、太陽に言っていたな。
他は、小鳥と花と」
司馬懿の細く長い指が折り数える。
五本折ったところで飽きたらしく、すぐさま指は開かれた。
「人間は司馬懿様だけです」
「嫌なくくりだな。
しかも、その口の軽さなら他の男にも言いそうだ」
「言ってません!」
は大否定する。
「信用できないな」
「えー!
ホントのことなのにぃ〜」
「言葉というのは不思議なもので、言えば言うほど価値が低くなっていく」
「私の言葉って、価値が低いんですか?」
はつぶやくように言った。
「私だけ、の言葉ではないからな」
「えー、贅沢ですよ。
それじゃあ、好きって伝えるのに百万の単語を用意しなきゃいけないじゃないですか」
少女の明るすぎる声は怒っているせいか、さらに高くなる。
「百万とはずいぶんと多いな」
「だって、毎日言っても伝えきれないんですよ」
なかなか愛らしいことを平然と少女は言い放つ。
他人が聞いたら胸やけを起こしそうな発言だ。
しかし、青年は不満だらけだった。
「ならば言葉以外で示せば良いだろう」
司馬懿は竹簡からに視線を移した。
「言葉以外?
え。
……え。
えーっ!」
「いちいち騒々しい奴だな」
「だって、それって!」
「お前が私だけにすることがあるだろう?」
司馬懿は薄く笑う。
「でも……」
「まあ、その程度の好意を寄せられても迷惑だな」
青年は冷ややかに言った。
「……あっち向いててください」
は言った。
司馬懿は可愛らしいお願いを聞いてやることにした。
少女の細い腕が青年の首に絡まる。
しがみつくに近い形になるのは、愛嬌と言うところだろう。
ほどなくして、頬に軽い感触。
あと少しばかり長くてもかまわない、と司馬懿は思った。
視線だけくれてやると、少女はパッと離れる。
「伝わりました?」
黒い瞳が不安げに問う。
「ほどほどにな」
青年はかすかに笑む。
つられるように、もニコッと笑った。