久しぶりの司馬懿のお休みだった。
それがには嬉しくって浮きたっていた。
司馬懿様、忙しすぎです。
もっと休まないと、過労死しちゃうんじゃないでしょうか。
殿は司馬懿様に仕事を押しつけすぎです。
昼下がり。
眠気を誘う時間だった。
幾何学模様の格子から零れる日は暖かかった。
一秒でも一緒にいたい。
こんなにのんびりできる時ってないから。
幸せとはこんなこと言うのかな?
「司馬懿様! もうすぐクリスマスですね。
サンタさんがやってくるんですね!」
は言った。
趣味の読書をしていた司馬懿は視線を上げる。
この時期にしか見られないあたたかさがある瞳がを見た。
少女の心臓がトクンと跳ねる。
「良い子どもには、な」
意味深に司馬懿は言った。
「私はこれ以上ないくらい良い子ですよ。
……多分」
は真剣に言った。
「どっから、その自信が湧いてくるのだ?」
司馬懿は竹簡を端から巻いていく。
竹特有な音が部屋の中で、木霊する。
お話に付き合ってくれるんだ。
せっかくの趣味の時間を邪魔しちゃったけど。
すっごく嬉しい!
「私は悪い子ですか?」
は尋ねる。
「私としては、子どもでは困るのだがな」
青年は巻き終わった竹簡を紐で縛る。
「どういう意味ですか?」
は首を傾げる。
「子どもと恋愛する気はない」
司馬懿はキッパリと言った。
「えっ!」
「サンタクロースを信じる良い子なら、我慢できるな」
司馬懿は楽し気に笑う。
それから
「……」
と名前を呼ばれた。
滅多に名前を呼ばない青年が呼ぶときは口づけの合図だ。
誰もいないけど。
恥ずかしい!
何回あっても、ちっとも慣れない。
少女はビクビクしながら目を閉じる。
司馬懿が頬を撫でるのがわかって、いよいよだと分かる。
額に柔らかな感触がした。
は驚いて目を開ける。
「良い子なんだろう?」
意地悪そうに司馬懿は笑う。
わざとだ。
違うと言えば口づけをねだるようだ。
だけど、物足りない。
小さい子にするみたいな口づけは、ちょっと残念だと思っちゃう。
揺れる乙女心だった。
司馬懿が前髪を撫でる。
はうつむいて
「悪い子かもしれません」
と小さく呟いた。
「サンタクロースに来てもらわなくてもいいのか?」
青年は完全に面白がっている。
「司馬懿様がサンタさんです。
私の願いを叶えてくれる、飛び切りのサンタさんです」
は顔を上げた。
「はて、どんな願いを叶えたというのか?
とんと記憶がないが」
司馬懿様の指、ひんやりしていて気持ちいい。
心のあたたかい人は冷たいって言うけど、本当だよね。
ずっと、さわっていてほしいなぁって思っちゃう。
「お金持ちのお嫁さんにしてくれます!」
ははっきりと言った。
冬の太陽のような瞳が呆れかえったという光を宿す。
「もう少しロマンのある答えを期待したのだがな。
お前の小さな頭にはカネしかないのか」
司馬懿はためいきをついた。
「お金持ちにはお金の尊さが分からないのです。
司馬懿様のおかげで、弟は学校に行けて、お母さんには薬を処方してもらうことができました」
は告げた。
感謝しかなかった。
「護衛武将でも、できたことだと思うが?
曹魏は護衛武将の給金をケチるようなことはないはずだ」
司馬懿は淡々と言った。
「もう……弓は引けません。
侍女になるという手もありましたが……はたして雇ってくれる人がいるでしょうか?
こんな役立たずをお嫁さんにしてくれるのは、司馬懿様ぐらいです」
は微かに笑った。
どうして司馬懿様は私をお嫁さんにしてくれるんだろう。
財産もなければ、美貌もない。
地位や名誉もない。
……考えていたら悲しくなってきた。
「他に嫁ぎたいところがあったのか?」
司馬懿は不思議なことを問う。
「生命をかけてもいい、と思ったのは司馬懿様だけです」
お金が目的だったけど。
こんなやさしくて、寂しい人は、他に知らない。
自分の生命ぐらいしか捧げられるものなかったけれど。
全部を渡しちゃっても、後悔しないって思えたんだよね。
「まあ、及第点だな。
次はもう少し殿の弟君を見習ってくるのだな」
司馬懿は少女の頬をやさしく撫でる。
それから飴玉よりも甘い声で
「」
と呼んだ。
護衛武将時代には一度も呼ばれなかった名前だ。
これから先、起こることを期待して、少女はゆっくりと瞳を閉じた。