「ポッキーの日」 20年版


 今日も司馬懿の婚約者は気軽に書斎にやってくる。
 裳裾を揺らしながら。
 ようやく裾に足を取られずに、小走りができるようになったようだ。
 礼儀にかなっていないが波のように揺れる裳裾は美しかった。
「司馬懿様、見てください!」
 は元気に紙箱を見せる。
 チョコレートがかかったプレッツェルがでかでかと描かれていた。
「その菓子の出どころは、どこだ?」
 決裁をしていた手を止めて司馬懿は尋ねた。
「殿です!」
 元気よくは答えた。
「小腹が空いているのなら、一人で食べるといい」
 ためいき混じりに司馬懿は言った。
「司馬懿様は食べてくれないんですか?
 せっかく美味しそうなのに」
 残念そうに少女は言った。
「殿からの飲食物を口にする勇気はない。
 何が入っているか、わからないからな」
 楽しみ、というだけで盛られた数々の事件を司馬懿は思い出す。
「ただのポッキーですよ。
 一緒にポッキーゲームをしましょうよ」
 能天気な婚約者は言う。
「意味が分かっているのか?」
 司馬懿は眉根を寄せる。
「11月11日はポッキーの日だと聞きました」
 はパッケージを開ける。
 書卓を回って近寄ってくる。
「司馬懿様、口を開けてください。
 手にチョコレートがついたら大変ですからね」
 どうやら、どうしてもポッキーゲームをしたいらしい。
 実に下らない。
「チョコレートがかかっている方をくれるとは、珍しいな」
 司馬懿は皮肉る。
 どうやら逃れる方法はないようだ。
 青年は諦めた。
「美味しいものをたくさん食べて欲しいですから」
 はあっけらかんと言った。
 しぶしぶと口を開けた司馬懿に、ポッキーをくわえさせる。
 その反対側を自分の口に入れる。
 ポッキーゲームの準備は万端だ。
 は齧歯目のように愛らしく齧り始めた。
 と、同時に司馬懿はポッキーを折る。
「これで充分だ」
 口の中にチョコレートの甘さが広がる。
 ぬるくなったお茶で洗い流す。
「どうしてですか?
 まだ全然、食べていないですよ!
 これじゃあ、ポッキーゲームじゃありません」
 折れたポッキーを片手には訴える。
「そんなに口づけをしたかったのか?」
 司馬懿の指はの唇をなぞる。
 荒れていない唇の柔らかな感触を楽しむ。
 紅の塗られていない唇は、少女らしく自然だった。
「え?
 あ……、えー!
 そういうゲームなんですか?」
 ようやく気がついたは赤面する。
「無知だな。
 殿にからかわれただけだろう」
 司馬懿は冷淡に言う。
 面白くない展開だった。
「ひどいです」
 誰に対していったのか。
 わからない言葉をは零す。
「残りの菓子はやる。
 甘いのは物足りた」
 司馬懿はの唇をなぞった指で自分の唇をなぞる。
 大きな黒い瞳がゆっくりと瞬かれる。
 少女は耳まで真っ赤にしてうつむいた。
 その様子が、堅い蕾が開いていくようで可憐だった。
「甘いな」
 本当に甘すぎる。
 砂糖を入れすぎたように、甘すぎる。
 チョコレートも自分も。

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