今日も司馬懿の婚約者は気軽に書斎にやってくる。
裳裾を揺らしながら。
ようやく裾に足を取られずに、小走りができるようになったようだ。
礼儀にかなっていないが波のように揺れる裳裾は美しかった。
「司馬懿様、見てください!」
は元気に紙箱を見せる。
チョコレートがかかったプレッツェルがでかでかと描かれていた。
「その菓子の出どころは、どこだ?」
決裁をしていた手を止めて司馬懿は尋ねた。
「殿です!」
元気よくは答えた。
「小腹が空いているのなら、一人で食べるといい」
ためいき混じりに司馬懿は言った。
「司馬懿様は食べてくれないんですか?
せっかく美味しそうなのに」
残念そうに少女は言った。
「殿からの飲食物を口にする勇気はない。
何が入っているか、わからないからな」
楽しみ、というだけで盛られた数々の事件を司馬懿は思い出す。
「ただのポッキーですよ。
一緒にポッキーゲームをしましょうよ」
能天気な婚約者は言う。
「意味が分かっているのか?」
司馬懿は眉根を寄せる。
「11月11日はポッキーの日だと聞きました」
はパッケージを開ける。
書卓を回って近寄ってくる。
「司馬懿様、口を開けてください。
手にチョコレートがついたら大変ですからね」
どうやら、どうしてもポッキーゲームをしたいらしい。
実に下らない。
「チョコレートがかかっている方をくれるとは、珍しいな」
司馬懿は皮肉る。
どうやら逃れる方法はないようだ。
青年は諦めた。
「美味しいものをたくさん食べて欲しいですから」
はあっけらかんと言った。
しぶしぶと口を開けた司馬懿に、ポッキーをくわえさせる。
その反対側を自分の口に入れる。
ポッキーゲームの準備は万端だ。
は齧歯目のように愛らしく齧り始めた。
と、同時に司馬懿はポッキーを折る。
「これで充分だ」
口の中にチョコレートの甘さが広がる。
ぬるくなったお茶で洗い流す。
「どうしてですか?
まだ全然、食べていないですよ!
これじゃあ、ポッキーゲームじゃありません」
折れたポッキーを片手には訴える。
「そんなに口づけをしたかったのか?」
司馬懿の指はの唇をなぞる。
荒れていない唇の柔らかな感触を楽しむ。
紅の塗られていない唇は、少女らしく自然だった。
「え?
あ……、えー!
そういうゲームなんですか?」
ようやく気がついたは赤面する。
「無知だな。
殿にからかわれただけだろう」
司馬懿は冷淡に言う。
面白くない展開だった。
「ひどいです」
誰に対していったのか。
わからない言葉をは零す。
「残りの菓子はやる。
甘いのは物足りた」
司馬懿はの唇をなぞった指で自分の唇をなぞる。
大きな黒い瞳がゆっくりと瞬かれる。
少女は耳まで真っ赤にしてうつむいた。
その様子が、堅い蕾が開いていくようで可憐だった。
「甘いな」
本当に甘すぎる。
砂糖を入れすぎたように、甘すぎる。
チョコレートも自分も。