「司馬懿様。
幸せってどこにあると思いますか?」
恋人が無邪気な問いかけをする。
夢の狭間でたゆたうような、気だるさの中で、それを聞いた。
閨の中で聞くには、艶の足りない言葉だが、少女らしい質問だった。
歳よりも幼い精神構造の少女は、真剣に尋ねていた。
「訊いてどうする?」
幸せ。
渇望するのに、ひどく曖昧としたものだ。
手に入れようとしても、手に入らないのものだ。
形などないし、目にも映らない。
「探しに行こうと思うんです!」
自明の理だと言わんばかりに、元気良く少女は言った。
大きな黒い瞳が司馬懿を見つめる。
そこから恋情を探し出すのは、骨の折れる作業となりそうだった。
艶めいた物事には期待していないが、甘い言葉の一つや二つは欲しくなるものだ。
恋人自身が見つけてきた音の並び。
下手に飾り立てていない、まっさらな想いの音。
それをささやいて欲しいと思うのは、贅沢な話なのだろうか。
「見つけて、司馬懿様に差し上げます。
司馬懿様の幸せは、どこに行けば見つかりますか?」
は真剣に尋ねる。
汚れない純真さとは、時に苛立つものではあるが……。
時に、何ともいえない感情を教えてくれる。
「それでは本末転倒だな」
青年は微苦笑した。
少女が「幸せ」探しの旅に出たら、己は幸せではなくなるだろう。
薄ぼんやりとした、頼りのないものが、今ここにある。
「えーと。じゃあ。
んー。
司馬懿様は、幸せですか?」
困ったような顔をして、は質問を変えた。
「訊いてどうする?」
青年は同じ問いを重ねる。
「簡単なことです。
司馬懿様に幸せになって欲しいんです!
世界で一番、幸せになってください!」
「お前の目には、私は、そんなに不幸に写るのか」
「ち、違いますっ!
だって、訊かなきゃわからないじゃないですか!
司馬懿様は、私よりも頭が良いから……。
私だけが幸せじゃダメなんです」
少女は言い募る。
無意識に、司馬懿を嬉しがらせるような言葉を織り交ぜて。
今が「幸せ」だと、恋人は言った。
言った当人は気がついていないけれども、確かに司馬懿は聞いたのだ。
青年は目を細める。
「司馬懿様も幸せじゃなきゃ。
ダメなんです!」
は言った。
司馬懿は少女の髪を指先で梳いてやる。
癖のない髪は、大人しく言うことを聞く。
幸せですか?
という問いかけが無駄なことを、司馬懿は良く知っている。
答えは、一つ以外は欲しくないからだ。
「悪くはないな」
司馬懿は答えた。
永遠に続く幸せというものは存在しない。
いつか別離の日がやってくるだろう。
それは、どんな形で訪れるのか。
司馬懿の予測の範疇にはない。
上官と護衛武将であった頃なら、どんな別れが来るのか、おおよその想像はできた。
これから先……。
どんな幸せの終わりが来るのか。
青年は吐息をついた。
幸せですか?
という問いかけは、やはり虚しさや寂しさを胸に残す。
「じゃあ、ずっと幸せでいましょうね!
私、頑張ります!!」
安心したように、は笑った。
真夏の太陽のように明るい笑顔に、司馬懿は
「せいぜい努力をするといい」
持論を答えた。
幸せは待っていれば、手に入るものではない。
作っていくものだ。
「はい!」
恋人は嬉しそうにうなずいた。
幸せですか?
という問いかけは、哀しい。
問う方も問われる方も、「幸せ」になりきれない何かがあることを知っている。
そして、それを取り除けない……ということも。