それはある日のこと。
いつも通りの昼下がり。
司馬懿の書斎に、護衛武将のが駆けてくる。
この魏軍では当たり前の風景になってしまった光景だった。
今日は、その手に何やら不思議なものを抱えていた。
一冊520円ぐらいしそうな、20代〜30代の女性をターゲットにしたファッション誌だ。
「司馬懿様、司馬懿様〜!
この雑誌見てください!!」
は司馬懿に、とある雑誌を見せる。
そこにはデカデカと「運命の恋」の見分け方と書いてある。
ツヤツヤとした紙に、派手な色の文字が躍っている。
いわゆる男漁りのためのノウハウが詳細に記されているようだった。
男性からしてみれば、異様なほどの細やかさである。
世の女性陣がこのように涙ぐましい努力をしているようには……。
少なくとも、この魏では思えない。
「これによるとですね。
司馬懿様と私は運命らしいんです!
ほら、ここ。
一緒にいてほっとする、とか。
相手の考えていることがわかる、とか」
はニコニコと指差す。
よっぽど嬉しかったのだろう。
その笑顔は、普段の2倍は輝いて見える。
「もう、こんな難しいものが読めるようになったのか。
あとは書けるようになれば充分だな。
これを見本に書き取りの練習をするように」
司馬懿は感心したようにつぶやく。
この努力を他に回せば良いものを……。
女という生き物は、やはり理解できないものだ。
同じ人間とは思えない。
こんなくだらないものに夢中になるとは……。
「はい、頑張ります!
じゃなくって、中身見てくださいよ!!」
「これによると、趣味が一緒の方が良いようだが……。
私とお前の趣味は違うな」
司馬懿は指摘した。
「そうですよね。
戦場で高笑いをするのが生きがいの司馬懿様には、ちょっとついていけませんし。
朝早起きして、訓練する司馬懿様も想像できませんし。
って、そうじゃありません!
司馬懿様と私は運命なんです!!」
は力強く断言する。
一体どこに根拠があるのだか。
その記事を読めば読むほど、わからなくなっていく。
「そこまで運命と連呼されると安く感じるな」
司馬懿はためいき混じりに言った。
彼は、その視線を竹簡に戻す。
やはりくだらない用だった。
この護衛武将が持ってくるような用事で、重要なものはほとんどないのだが……。
「えーと、じゃあ。
宿命」
考えた末には言った。
「ありきたりだな」
「宿世」
「他には?」
「因縁」
「意味が悪いな」
「腐れ縁」
「どんどん、悪い意味になるのは気のせいか?」
司馬懿は口元をゆがめるように笑った。
「……気のせいじゃありません」
少女はがっくりとうなだれる。
「それだけ言い換えができるようになったか。
ずいぶんと賢くなったものだな」
「え、ホントですか!?」
の声がはずむ。
「ああ」
「嬉しいです!!
って、そうじゃない!」
少女は叫ぶ。
話の論点がズレると、修正できるぐらいには賢くなったようだ。
面白い反応だ。
「忙しい奴だな」
青年は少女を見た。
「……。
じゃあ、司馬懿様と私の関係って何なんですか?」
黒い瞳が諦めたようにこちらを見ていた。
おもむろに司馬懿は口を開いた。
「運命だな」