いい夫婦の日 2019年版

「周瑜さまー!」
 明るい声と共に背中に柔らかな感触が当たる。
「大好きー!」
 陰りひとつない無邪気な声が愛を告げる。
 周瑜は、腰に回された小さな手に己の手を重ねる。
 陽だまりの中にいるかのようにあたたかい体温。
「私も愛しているよ、小喬」
 大切なことだから照れずに口から出た。
「えへへ、うれしい!」
 いつでも真っ直ぐに好意を向けてくれる妻は、きっと笑顔だ。
 見られないのは残念だったが、伝わってくるぬくもりと離れるのは寂しい。
 悩むことすら幸せなことだと教えられる。
 周瑜にとって、かけがえのない存在だった。

お揃いの気持ち

 生命の色で染まった空の下。
 辺り一面、眩いばかりの輝きに、周瑜は目を細める。
 戦場から帰還して、報告書を出した。
 此度の戦も、勝ち戦。
 堅実な用兵で、不安なところが一つもない戦いだった。
 いつまで続くか分からない動乱の世。
 一瞬きの流星になる者も少なくなかった。
 次の戦はどうなるのだろうか。
 周瑜は胸の奥でためいきをついた。
 屋敷の方に独り歩いていけば、小さな人影が駆け寄ってくる。
「周瑜さま! お帰りなさい」
 小喬が小走りに出迎えてくれた。
 妻は精いっぱい手を伸ばして抱きつく。
 それを周瑜は抱きとめた。
 生命のやりとりをする場所から帰ってきたのだ、と痛感した。
 あたたかな温もりに、安堵する。
 今日も生きて帰ってこれた。
 また穏やかな日常をくりかえすことができる。
 そのことが幸せだった。
「ただいま」
 周瑜は自分の色よりも明るい髪を撫でる。
 柔らかな感触がして、甘い香りがした。
 どれほど一緒にいても物足りない。
 妻と過ごす、平穏な生活が愛惜しい。
 剣を交わえる軍場に行けばなおさらのこと。
「会いたかったよ」
 周瑜は心の底からの言葉をささやいた。
「あたしも周瑜さまに会いたかったよ!
 お揃いだね」
 小喬は煌めく笑顔を見せてくれた。
 かけがえのない、という気持ちが心を突く。
 こみあげてくる感情に何て名前をつけたらいいだろう。
 喜びと幸いが混じったような心境だった。
 周瑜はたくさんのものを失ってきた。
 大切な物を喪失することは辛いことだ。
 これ以上、なくしたくない。
 愛する妻がいるこの地を守るために生きている。
 今の周瑜が戦場で生き続ける理由だ。
「そうだな。お揃いだ」
 周瑜は告げる。
 大切な宝物のように。
 二度と見失ったりしないように。
 そして黄昏の中、小さな幸せを強く抱きしめた。

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