通り過ぎる

 通り過ぎていくのは風だろうか。
 花を揺らし、葉を揺らし、目には見えないものなのに、確かに存在している。
 頬を撫でていく風は熱を孕み、汗を誘う。
 過ぎていくのは風だけではないと、男は痛感していた。
 人もまた通り過ぎていく。
 いつでも置いていかれるばかりだ。通り過ぎて初めてその偉大さを知る。
 死者にはどんな言葉をかけても無意味だ。
 落陽の中、取り残された男は立ち尽くす。
 もう少しで叶う夢だった。覇道ではなく王道を歩く人物だった。
 夢から覚めた男は自分の手でもぎとる道を選ぶ。選択肢は用意されていなかった。
 雲ひとつない夕焼けは星空へと変化していこうとしていた。

短文に戻る