26.跳

 麗らかな春の昼下がり。
 江東の双華の片割れは、窓際でためいきをついていた。
 散り行く花を憂うわけではなく、今日も行方不明な夫の身を案じてのこと。
 隠れ鬼も、鬼ごっこも得意な青年は、執務を投げ出し雲隠れをした。
 ここでは珍しくもない日常に、大喬は飽くなきためいきを零すのだった。
 そんな折のこと。


 ひょこっと、明るい色の髪の少女が顔を覗かせた。
「お姉ちゃん」
「小喬」
 大喬は笑顔を取り繕うと、自分によく似た妹の名を呼ぶ。
「えへへ、遊びにきちゃった。
 今、忙しい?」
「大丈夫よ。
 いらっしゃい」
 大喬は妹を招く。
 ぴょこんと兎が跳ねるように、小喬は部屋に入ってくる。
 妹の幼子のような仕草に、大喬は微笑んだ。
 先ほどまでのくさくさした気分は、どこかに溶けていってしまった。

「お姉ちゃん」
「?
 どうしたの、小喬」
「んーと、何か用事があったわけじゃないの。
 お姉ちゃんの顔を見たくなちゃって。
 それで……迷惑かなぁ?」
 困ったように小喬は言う。
「ちっとも迷惑じゃないわよ」
 ほんの少し違和感を覚えながら、大喬は言った。

 兄弟の下らしく、妹は甘えん坊で、気ままなところがあったが、こんな表情をしただろうか?
 少なくとも、結婚前の小喬はいつでも屈託なく、世界を楽しんでいた。
 困ったように首を傾げたりすることは……なかったような、気がする。

「ホント!?
 えへへ。
 お姉ちゃん、大ー好き!」
 飛びついてきた小喬を、慌てて大喬は受け止める。

 にこにこと笑う妹は、今まで変わらないように見える。
 それでも、どこか違うような気がする。
 双子のように、仲が良い姉妹だからわかる直感のようなもの。

「ねえ、小喬」
「なあに、お姉ちゃん」
「最近。困ったことや、嫌なこととか、あった?」
「へ?」
 丸く大きな瞳が大喬を見る。
「頼りないかもしれないけれど、話ぐらいなら聞けるわ」
 真剣な大喬の言葉に
「お姉ちゃんは、全然頼りなくなんかないよ!
 だって、あたしのお姉ちゃんなんだもん」
 小喬も真剣に返す。

「本当に、心配事とかないのね」
「んー。
 特にないよ。
 お姉ちゃんこそ、心配事とかあるの?」
「えっ?」
「いつもあたしのことばっかり心配してるでしょ。
 今日は、あたしがおねえちゃんの心配をしてあげるよ!」
 小喬は言った。

 もう自分だけの小さな妹はいない。
 守ってあげなきゃいけなかった妹は、いないのだ。
 大喬は、寂しさを感じた。

「ありがとう、小喬。
 でも、私も心配事はないのよ」
 大喬は微笑んだ。
「本当?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ、今は幸せだね!
 心配事がないんでしょ?
 だったら、すっごく『幸せ』だよ」
 小喬は無邪気に笑う。
 それにつられて、大喬も笑みを深くした。


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