10.眼

「どうしたの?陸遜」
「?」
 少年はきょとんとした。
 突風のように気まぐれにやってきた少女の問いは、彼自身が訊きたいことだったからだ。
「考え事?」
 綺麗な瞳が覗き込む。
 この院子の緑よりも優しい色をしている。
 その瞳を見るのが好きだったから、陸遜は微笑んだ。
「そんな風に見えましたか?
 だとしたら、得ですね」
「じゃあ、ぼんやりしていただけなのね」
 少女は一人ごちると、少年の隣に座る。
 かすかに花の香りが揺れる。
「うーん、良い風が吹くわね。
 昼寝するなら、格好の場所ね」
 明るく尚香は言った。
「昼寝をするために、ここに来たわけではないのですが」
 陸遜は薄く笑う。
「あら、そうなの?
 考え事でもなく、こんなところにいる理由って、後は何かしら?
 私は思いつかないんだけど?」

 姫には、かないませんね。
 
 陸遜は心の中でつぶやいた。
 どんな隠し事も見破られてしまいそうだった。
 いや、嘘をつけなくなるのかもしれない。
「少しだけ、考え事をしていました」
 陸遜は白状した。
「どんなこと?」
「訊くんですか?」
 はしばみ色の瞳
「訊いて欲しそうだったから」
 迷いがない澄み切った声が言う。
 緑の瞳はどこまでも強く、しなやかに、少年を見つめる。

「姫には、かないませんね」
 陸遜は唇をほころばせる。
 風が吹いたら変わってしまうような、興味であっても。
 知ろうとしてくれることが、たまらなく嬉しい。
「どういう意味よ」
 尚香は声を尖らせる。
「素敵だということです」
「馬鹿にしてるの?」
「いいえ。
 本当にそう思っています。
 考えていたことは、そんなたいしたことではないんです」
 陸遜は院子に咲く花を見る。
 それを通して、目に映らない風を捕らえようとしている、かもしれない。
 自分のことほど、わからない。
「これから、先どうなるのか。
 それを考えていました。
 寝ている間に、明日は来るというのに」
 不安になりました。と少年は弱々しい笑みと共にこぼした。

「陸遜は変わったことを考えているのね。
 明日は明日よ。
 何も怖いことなんてないわ」
 真っ直ぐな声が告げる。
 風にさらわれることなく、少年の耳朶を打つ。
「どんな未来だとしても、幸せだわ。
 私が私である限り、私が私らしく選んだ道の先なら、満足できるわ」
 一言一言大切に、尚香は言った。
「千里眼をお持ちのようですね」
 自信を持って答える姿が羨ましかった。
 自分の選択の結果であっても、未来が納得できるものだとは限らない。
 道の先に待っている困難の前でも、この緑の瞳は揺るがない――。
 
 そうなのだろうか。

「陸遜?
 すごい顔してるわよ」
 尚香は陸遜の顔を指差す。
「何でもありません。
 そうだ、昼寝でもしませんか?」
 提案するふりをして、ごまかした。
 尚香は失笑した。
 声を上げ、ひとしきり笑った後
「いいわね」
と、うなずいた。


 風が通る院子。
 緑の枝葉が提供する木陰の下。
 二人はまどろんだ。
 安穏たる眠りは、明日に怯える少年の救いになった。


お題配布元:[30*WORDS] 真・三國無双TOPへ戻る