09.追

 ひらひらと蝶が舞う。
 花の間を縫って、ひらひらと飛ぶ。
 とまらることを知らず、翅は風景に色を添える。
 無邪気な姿に、青年は妻の姿を重ねた。
 
 ひらひら。
 翅を広げて、ひらひら。
 風に耐えぬような繊細な形。
 春を告げる胡蝶。
 ひらひら。

 その舞う姿に、周瑜は仕事の手を休めた。
 華やかな舞を言葉で、描くことはできないだろうか。
 青年は考える。
 それは戦のことを考えるよりも、心躍ることだった。
 竹簡を卓に戻し、窓に寄る。
 漆塗りの枠に手を置き、景色を眺める。
 
「あれぇ?
 周瑜さま、お仕事おしまい?」
 光をはじくような明るい声に、周瑜はびっくりした。
 窓枠をはさんだ向こう側に、妻がいた。
 神出鬼没なのは、親友だけではないらしい。
 予想外の場所から、現れる。
「小喬」
 驚きを隠そうと、幼く見える女人の名を呼んだ。
「お仕事は、もう良いの?」
 小喬は尋ねる。
「一段落つけようと思ったところだ」
 院子に舞う蝶に気をとられるような集中力で、仕事をしても効率が悪い。
 周瑜は薄く笑った。

「ホント?
 やったー!」
 顔をくしゃっとさせて、小喬は笑う。
 胸の前で手を叩き、跳ねるように回る。
 淡い色の髪が宙にサラッとまかれ、裾の長い衣が揺れる。
 
 蝶のようだった。
 あるいは、蝶が小喬に似ているのかもしれない。

「じゃあ、今日はずっとお話できる?
 ずっと一緒?」
 はしゃぐ妻に、周瑜はうなずいて見せた。
「嬉しいぃ〜!
 周瑜さま、お仕事いっぱいしてるんだもん。
 あ、お仕事が大切だって、アタシだってわかるよ!
 でもね。
 いっぱい、いっぱい、お仕事してるとね。
 疲れちゃうよ。
 たまには、息抜きが必要なんだよ!」
 真面目な顔で小喬は言った。
「私は、そんなに仕事をしていたのか」
「うん!
 だからね、今日はゆっくりしよう!
 お仕事はちょっとあっちに置いておいてね」
「小喬の言うとおりだな」
 周瑜は苦笑する。

 周りが見えなくなるほど、仕事詰めだったらしい。
 小喬が退屈を覚えて、言い出せなくなるほどの間。
 仕事ばかりをしていた。

「あのね。
 お庭に咲いた花を周瑜さまに教えてあげようと思ったの。
 だから、こっちから声をかけたの。
 ね、早く早く」
 言うが早いやか、小喬は身をひるがえす。
 そよと吹く風にのるように、小さな体は花々のもとへ駆け出す。
 追いかけようにも、周瑜は室内にいる。
 親友のように、窓枠を越えていくのも魅力的だったが、それをしたら二度と親友を怒ることができなくなる。
「周瑜さま、早く!」
「すぐに行く」
 笑顔を浮かべると、周瑜は扉を開けた。
 少々遠回りになるが、仕方があるまい。
 書きかけの竹簡の脇を通り過ぎる。

 ここ最近、この地のことばかり考えてきたのだ。
 陽が落ちるまでの間ぐらいは、頭の片隅に押しやっても良いだろう。

 自分に言い訳しながら、周瑜は春の院子に出た。
 明るい色の花々と、繊細な胡蝶。
 そして、最愛の妻が迎えてくれた。


お題配布元:[30*WORDS]
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