07:痛

 感傷は風がさらっていく。
 空の青さが溶かしていく。



 くっきりとした笑顔を浮かべる女性。
 泣きたいときは泣き、怒りたいときは怒る。
 どこまでも素直で、呆れるぐらい無垢だった。
 見知った女性たちとは違ったからこそ、惹かれたのだろう。

 面影の中の女性がささやく。
 大切になさい、と。

 生まれて初めて感じた想いは、甘いだけではなかった。
 焦げつくような気持ちに途惑い、恐れた。
 逃げるばかりの自分を、引き止めたのもまた彼女だからこそ。
 抜け出すことのできない迷い道に、捕まってしまったようだった。


「鷹通さん」
 この世に二人といない稀有な存在に、名を呼ばれ青年はハッとした。
「考え事ですか?」
 いつの間にか、すぐ傍にいた少女が笑う。
 明るく朗らかな笑顔は、花に譬えるのでは物足りない。
 今をときめく左大臣の邸宅の花も色あせて見えた。
「申し訳ありません、神子殿」
 鷹通は表情を引き締める。
「気にしないでください。
 お仕事、忙しいの呼びつけちゃったりして……。
 こっちこそ、ごめんなさい」
 あかねは顔の前で手を合わせる。
「いえ、かまいません。
 神子殿の願いを叶えるのも、八葉の役目の一つです」
「そんな大層なことを訊くわけじゃないんで。
 その、あんまり、かしこまらないでください。
 ……困っちゃいます」
 あかねは、はにかむ。
「それで何を知りたかったのですか?」
「えーっと。
 庭で訊いてもいいですか?
 ここだと、ちょっと」
 少女はちらちらと辺りを見渡す。
 廂には人影はない。
 けれども、貴人の周囲には女房が控えているのが常。
 気安いところのある客神は、慣れないことなのだろう。
「わかりました。
 今日は天候にも恵まれていますからね。
 日の光が恋しくなるでしょう」


 風変わりな少女は、太陽の下、全開の笑顔を見せる。
 変わっていることが居心地が良い、と感じる。


「鷹通さんって京が好きなんですよね」
「はい」
「だから、鷹通さんが好きな京のこと、たくさん教えてください。
 せっかくこの世界に来たんです。
 私は、もっと好きになりたいんです」
 屈託なくあかねは笑った。
 彼女の言ったことは、とてつもなく素晴らしいことだった。
 知らない世界に来て、なお前向きでいられる人間はどれほどいるだろうか。
 気負いもせずに言った少女に、驚いた。
「お手伝いしますよ」
 鷹通はうなずいた。
 まるでよく晴れた空のようだ、と思った。
 すぐ傍にあるように見えるのに、手を伸ばしても決して届かない。
「お願いします!」


 生まれて初めて感じた想いは、かすかな痛みをともなう。
 甘さにくるまれた柔らかな棘が、ちくりと胸を刺す。
 空の青さを見る度に、この笑顔を思い出すだろう。
 きっと、住む世界が分かたれても。
 思い出すのだろう。


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