ためいきの理由

 コトン

 背中に重みを感じて少年は首をめぐらせる。
 はしばみの瞳に、健やかな寝息を立てる少女が映る。

「また……ですか?」

 音にならなかった質問。
 答える相手は、すでに夢の中。
 陸遜は静かに息を吐きだす。
 日常になりつつある光景。
 はたして他の人間の目には、どう映るのだろうか。
 仲の良い友人?
 孫呉の末姫に強くでることのできない遊び相手?
 それとも……。
 そこまで考えて急に気恥ずかしくなった。
 少年は読みかけの竹簡に目を移す。
 そんなはずはないのに、その思いつきは素晴らしい気がした。
 もし、そう見えるのならどんなに良いだろうか。

「んっ。
 ふわぁ、んー」

 軽い身じろぎ。
 雲雀のように澄んだ声が少年の耳をくすぐった。
「よく、寝たわ」
「姫。寝るのならご自分の部屋でなさったら、どうでしょうか?」
 陸遜は読み終えることができなかった竹簡を巻いていく。
 竹特有のカランカランとした音がする。
「誰かの傍で眠るからいいのよ」
 尚香は言った。
 少年の背中からぬくもりが遠ざかる。
 寂しい、と陸遜は思った。
「でしたら、私のところへ来なくても」
 八つ当たりじみたことを言ってしまった。
 後悔しても、すでに遅し。
 陸遜は口を引き結ぶ。
 夢から覚めた緑の瞳が微笑んだ。
「陸遜の隣が一番眠れるの」
 無邪気に尚香は言った。
「私は、寝台ではありませんよ」
 陸遜は忠告する。
「迷惑?
 それなら、やめるように努力をするけれど」
 尚香は悪びれずに言った。
 陸遜はためいきをついた。
「迷惑ではないから、困っているのです」


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