異国の祭り

 陸遜が回廊を渡っている時だった。
 向こう側から尚香がやって来た。
 それもニコニコ笑顔で。
 陸遜は回避しようと思ったが、残念ながら逃げ道はなかった。
「ものの本で読んだんだけど。『くりすます』というお祭りがあるみたいね」
 尚香は切り出した。
「結構です」
 陸遜は即答した。
「まだ何も言ってないんだけど」
「嫌な予感がしたので、つい。
 申し訳ありません」
 陸遜は謝罪した。
「『くりすますぷれぜんと』は何が欲しい?
 私の方が年長だから『さんたさん』になってあげる」
 嬉しそうに尚香は言った。
 殿の影響だろうか。
 何かとつけてお祭りをしたがるのは。
 おそらく殿の部屋にあった本を読んだのだろう。
 陸遜も軽くページをめくった。
「お気持ちだけで充分です」
 少年はいつものように微笑んだ。
「何の不満があるの?」
 尚香は苛立ちを隠さない。
 せっかくのお祭りだ。
 純粋に楽しみたいだけだろう。
 あとはわずかな好奇心だ。
「姫から、私だけが貰ったら大問題です」
「そうかしら?
 陸遜は口が堅いじゃない
 バレやしないわよ」
「完全に面白がっていますね」
 陸遜はためいきをついた。
「当然でしょ。
 異国のお祭りって楽しそうじゃない?」
「私を巻きこまないでください」
 どこかの誰かと楽しんでいる分にはいい。
 孫呉には、そういうお祭り騒ぎが好きな連中は多い。
 何かにつけて宴を開いている。
「私とあなたの関係じゃない」
 少女は緑の瞳をキラキラさせて言う。
「どんな関係ですか?
 ただの主従ですよ」
 少年はキッパリと言った。
 歳が近いから遊び相手として任命されただけだ。
 尚武の国だけあって、少女も武芸を嗜む。
 とはいえ怪我をさせたら問題だ。
 そこのところを気づかれずに付き合える、と判断されただけだ。
「陸遜は冷たいわね。
 私は陸遜を大切に思っているのに」
 爆弾発言をするりと口にする。
「誰に聞かれるか分からない場所で、困るようなことを言わないでください。
 もう、それだけで吊し上げにされます」
 少年は声を潜める。
「陸遜は慎重ね。
 欲しいものはないの?」
「足りています」
「もう! 意地でも『ぷれぜんと』をしたくなるわね」
 尚香は声を上げる。
 甲高い声だったので、誰もいない回廊とはいえ陸遜は渋い顔になる。
「他の方にあたってはどうでしょう?」
 陸遜は提案する。
「一番、陸遜にお世話になっているから、計画しているのに」
「計画しないでください」
「迷惑?」
 尚香は可愛らしい表情を作る。
 騙されてはいけない。
「はい、迷惑です」
 陸遜は強く断言した。
「ますます『ぷれぜんと』したくなるのは、どうしてかしら?」
 尚香は意地の悪い顔で言う。
「勘弁してくださいよ。
 皆さん、姫には甘いから表面上、何も言わないかもしれませんが、それとなく意地悪されるのは私なんですよ!」
「運命だと思って諦めるのね!」
「そんなのは『くりすます』じゃありません!」
 陸遜は訴える。
 どんな人物でも幸せな日を送ると、本には書いてあった。
 自分ばかりが損するのは、何かが違う。
「二十五日の朝が楽しみねー。
 つりーも飾らなきゃ。
 じゃあね、陸遜」
 笑顔のまま、尚香は立ち去ろうとする。
 完璧に楽しむつもりだ。
「待ってください!
 話は終わってないですよ!」
 陸遜の言葉を無視して、尚香は踵を返した。
 こうなったらお手上げだ。
 甘んじて意地悪を受けるしかない。
 これも遊び相手に選ばれた一環なのだろう。
 そうして、二十五日の朝を迎えたのだった――。


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