二人きりで過ごす誕生日

 忙しい合間を縫ってのデートだった。
 久しぶりに会えるのが嬉しくて、待ち合わせ場所にたたずむ青年を見つけると、花梨は走り寄った。
 話したいことはたくさんあったのに、開口一番に出たのは、祝いの言葉だった。

「お誕生日、おめでとうございます!」

 花梨は息を弾ませ言った。
 幸鷹の反応は鈍かった。
 声が小さかったのだろうか。
 再び言おうと口を開いた時
「帰ってきたのですね」
 ほろ苦い声が帰ってきた。
 喜びと後悔がないまぜになったような声で幸鷹は言った。
 花梨の胸がチクリと痛んだ。
 京では誕生日を祝うという概念はなかった。
 年が改まる時に、歳を重ねるという。
「残りたかったのですか?」
 花梨は尋ねた。
 白龍の神子として過ごした時間は短かったが、幸鷹は違う。
 全てを置き去りにするのは辛いものがあるだろう。
 きっと花梨には想像できない苦悩があったに違いない。
 幸鷹はゆるく首を横に振った。
「いえ。あなたと共に帰ってこれて嬉しいですよ。
 私の元の世界はここですから」
 いつか見たように眼鏡の奥の瞳は穏やかだった。
「それにあなたに世界を捨てさせたくはありません」
 キッパリと幸鷹は告げる。
 ふいに手が伸びてきて、花梨の手を握る。
 優しいふれあいに少女は緊張した。
 京では痛みを伴ったそれも呪いが解けた今は、寒さを忘れさせるようなぬくもりとなった。
「あなたのいない世界で独りすごすのは淋しいものです。
 私の世界はあなたがいる世界です」
 迷いのない言葉だった。
 それでも花梨は問うてしまう。
「後悔していませんか?」
 少女は真っ直ぐに青年を見つめる。
 誤魔化されたくない。
 二つの世界を共有した二人だから真実を知りたい。
 幸鷹の顔がほころぶ。
「そうですね。
 後悔していないと言えば嘘になります。
 しかし、その後悔ごと私は選んだのです。
 あなたを」
 幸鷹は花梨の手の甲に口づけを落とした。
 慣れないことだったので少女は頬を赤らめた。
「あなた自身が私の誕生日プレゼントですよ。
 ありがとうございます」
 照れもせずに幸鷹は言った。
 大切なものを守るように、青年は少女の手を包む。
 帰ってきて良かった、と告げるようであたたかかった。
 花梨はようやく笑顔を浮かべることができた。
「これから、どこへ行きましょうか?」
 花梨は幸鷹の手を握り返した。
「あなたの行きたいところで」
 どこまでも甘い恋人は誕生日だというのに選択権を譲る。
「あなたと過ごせる時間は、それだけで至福の時ですからね」
 幸鷹は笑みを深くする。
「久しぶりに会えたのでたくさんお話がしたいです」
 花梨が言った。
 誕生日の人に対して我儘をいうのは、あべこべのような気がしたが、素直な願い事が零れた。
「いいですね。
 ここは寒いですから、カフェにでも入りましょうか」
 幸鷹は提案した。
 手を離すタイミングを逸した。
 そのまま手を繋いで、年が改まったばかりの街を歩く。
 隣を歩く横顔をちらりと見上げると、青年は堂々としたものだった。
 慣れた様子に、少女の小さな胸がはちきれんばかりになっていることを知っているのだろうか。
 雑踏の中、二人はどこにでもいるようなカップルだ。
 異世界を救った白龍の神子と八葉だと分からないだろう。
 二人だけの秘密だった。
 京では色んな事があったが、今は心に刻まれた想い出になっている。
 忙しい時間の中で、あれは夢だったのではないかと思う時もある。
 けれども幸鷹と会う度に出会いを思い出し、少しは強くなれたのだろうかと考える。
 繋いだ手が元の世界に帰ってきたことを教える。
 二度とこの手を離してはいけない。
 花梨は心の底で誓う。
 幸せになるために生まれてきたのだ。
 今日は、それをたくさん味わってもらいたい。
 これから何度も祝うことができるかもしれないけれど。
 誕生日は一度きりだ。
 もう後悔はしてほしくない。
「花梨?」
 幸鷹が言った。
 花梨殿でも、神子殿でもない。
 現代に帰ってきたのだ。
 名前を呼ばれる度に、少女の心は浮き立つ。
「何か嬉しいことがありましたか?」
「幸鷹さんと一緒に居られて嬉しいんです」
 花梨は幸鷹を見上げる。
「光栄ですね」
 青年は幸せそうに微笑んだ。
 それがあまりにも満たされたものだったから、少女もまた満たされた。


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