白月

 巻き戻した世界の中で、彼がいた。
 それが嬉しくって、嬉しくって、仕方がなかった。
 いつも一緒にいてくれた。
 ずっと傍にいてくれた。
 一つ年下の男の子。

 だから『瞬間』を大切にしたいと思った。

   ◇◆◇◆◇

 時間を巻き戻した世界は、きっと良い方向に向かっている。
 そう望美は信じたい。
 くりかえした世界は、初めとは違うから。
 知らなかったことがある。
 知ったことがある。

 梶原邸の濡縁を少女は歩いていた。
 夜中であっても、月のある日は明るい。
 ちょっとだけ欠けた月は、真っ白で、一つ年下の幼なじみの少年の首筋にある宝玉に良く似た色をしている。
 どんなときでも、優しい。
 譲くんもお月さまも、優しい。
 気がつくことができて、少女は嬉しくなった。
 そして、会いたかった人を見つけられて、もっと嬉しくなった。
 足が軽くなる。
 羽でも生えたみたいに。

「譲くん」

 月を見上げていた少年の名を呼ぶ。
 もう一度、呼べることが嬉しくって、嬉しくって。
 本当は泣き出したいぐらいだった。

「先輩」

 変わらない微笑みが返ってくる。
 一度は、失ったもの。
 二度と、失いたくないもの。
 この世界に来る前から知っている、優しい笑顔。
 眼鏡の奥にある目は、いつだって優しかった。
 いつだって望美を一番にしてくれていた。
 自分よりも。
 ……自分の命よりも、望美を大切にしてくれた――。

「今日は綺麗な月だね」
 望美が遠くに走り出しても、譲のほうが追いかけてくれる。
 それを知ったから、少女は少年の隣りに、自分の意思で歩いていく。
「綺麗だから寝るのが、ちょっともったいなくって。
 見に来ちゃった」
 望美は少しだけ隠し事をした。
 月が綺麗だけじゃない。
 今夜、起きていたいのは。
 みんなが寝静まる時間にここまで歩いてきたのは。
 それだけが……理由じゃない。
「寝ないと、明日も大変ですよ」
 譲は言った。

 違う。

 望美は気がつき、嬉しくなる。
 巻き戻す前の時間には、こんな会話をしてない。
 譲の夢見が悪いこと。
 それが正夢になること。
 前の望美は知らなかった。
 だから、前の時空では、夜中に目が覚めても、もう一度、布団に潜りなおした。
 濡縁まで歩かなかった。
「譲くん。
 今日のお月さまは、今日だけしか見られないんだよ!
 だから、明日には延ばせないでしょ」
 今日の譲くんが、今日だけしか見られないように。
 話をしているこの瞬間が、『今』なのだ。
 やり直した過去は、この瞬間にも別なものになっている。
 望美の知らない運命になっている。
「先輩らしいですね」
 譲は微笑んだまま言う。
 少女の心は、いっぱいになる。
 嬉しいんだけど、泣きたい。
 喜びたいんだけど、謝りたい。

 ごめんね。ごめんね。
 何度も言いたい。
 ありがとう。ありがとう。
 何度も伝えたい。
 でも、できない。
 きっと止められるから。
 望美がこれからやろうとしていることを、止められるから。
 自分のたった一つしかない命を賭してでも、少年は止めるから。
 だから、言えない。

「綺麗な月だね。譲くん」
 望美は別のことを口にする。
 これから満ちていく月は、夜毎に光の強さを増す。
 そして、時間はどんどん「未来」に戻っていく。
 綺麗な月だね。って言えるのは、あと何度あるのだろう。
 数など数えずにすむように、望美は『今』を変えていかなければならない。
 孤独で、辛いことだけれど……。
「そうですね。先輩」
 優しい声がすぐ傍で、うなずいてくれる。

 だから望美は独りでも耐えられる。
 頑張ることができる。
 望美は笑顔を浮かべる。
 変えられた運命に、初めてふれる時間が嬉しくって。
 一緒にいられることが、こんなにも幸せだと。
 問題は山積みのままだけれど、幸せだったから。
 望美は笑う――。
 これが新しい運命。
 独りで立ち向かわなければならないけれど。
 失うよりも、ずっと良い。
 失うよりは、ずっと良い。


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