会いたいな

 忙しいのか、ある日幸鷹とぷつりと連絡が取れなくなる。
 突然の出来事だけれども、そんな日が増えれば慣れてくる。
 ぷつり、っと。
 まるで糸が切れたようだった。
 絆が切れてしまったようで、切なくなる。
 寂しいと思うけれども、仕方がないと花梨はためいきをつく。
 これなら、京にいた頃の方が一緒にいられた。
 花梨はテキストめくる。
 勉強をしながら、返ってこない返事を待つ。
 もうすぐ幸鷹の誕生日だ。
 恋しい人は冬の最中に生まれた。
 『欲しい物はありますか?』
 数日前に送った。
 ふいに携帯電話が振動した。
 花梨は飛びついて、メールを開ける。
 待ち人からの返事が今、返ってきたのだ。

 『あなたに会いたい。そして、ふれあいたい』

 疲れがにじむ返事は、それでも情熱的だった。
 花梨の胸が弾む。
 『私も幸鷹さんに会いたいです』
 花梨は返事を送信した。
 誕生日プレゼントにはならないだろう。
 何か特別な、記念になるような物を用意したい。
 手を繋いで二人は元の世界に帰ってきたのだから。
 後悔をして欲しくない。
 花梨は幸鷹のメール文を何度も、心の中でそっとなぞる。
「会いたいな」
 勉強には手がつかない。
 花梨はベッドに身を投げる。
 柔らかなそれは優しく花梨を抱き止める。
 ベッドの上にあるクッションを抱きしめて呟いた。
 柔らかくさわり心地の良いそれは、花梨の心をほんの少しばかり慰めてくれたが、寂しさを完全に拭ってはくれなかった。
 京にいた頃よりも会えない。
 その事実が切なさを増す。
 白龍の神子ではない花梨は、ただの高校生だ。
 何でも自分で決められていた頃とは違う。
 未成年で、大人の庇護を受けなければならない。
 勝手に幸鷹には会いに行ってはいけないのだ。
 迷惑をかけてしまう。
 白龍の神子と崇めたてられていても、元の世界に戻って、一皮むいてしまえば我が儘な女子高生だ。
 幸鷹の誕生日までに、会えるだろうか。
 あたたかみのある声で、名前を呼んでほしい。
 デジタルなメールは光の速さで伝えてくれるけれども、途切れ途切れの文通状態では意味がない。
 果たして幸鷹は自分の誕生日を覚えているのだろうか。
 心が遠い。
 距離感を感じて、花梨はクッションを強く抱きしめて、頬ずりをした。
 ふれあうことができない恋しい人の代わりに。

「大好き」

 照れてなかなか言えない言葉が零れ落ちた。
 直接会って、言えればどんなにいいだろうか。
 眼鏡の奥の瞳は強く優しく、花梨を見つめてくれるだろう。
 いつだって、そうだった。
 京にいた頃から変わらない。
 自分の気持ちを正直に伝えることができる元の世界に帰ってきたというのに、逆に不自由になったようだった。
 花梨は自分の手のひらを見つめた。
 小さな手だった。
 無力な手だった。
 恋しい人のためにどれだけのことができるのだろうか。
 弱気になっていく自分に、起き上がり首を振る。
 少し伸びてきた髪が頬をくすぐった。
 会えない時間が恋を育むなんて嘘だ。
 こんなにも恋しくて、切ない。
 これから先も、この想いを抱えていくのだろう。
 白龍の神子ではなくなったのだから。
 八葉の役目として、幸鷹を縛りつけることはできない。
 わかっていたはずだった。
 理解していたはずだった。
 でも、気がついていなかった。
 花梨はベッドから降り、携帯電話を開く。
 メールの返事は返ってきていない。
 短く、忙しさを感じる文面があるだけだった。
 それでも花梨のことを思ってくれていたのだろう。
 花梨が眠る前に返事が返ってきた。
 その気遣いが、大人だなと花梨は体感した。
 元の世界に戻ってきて、まだ日が浅い。
 それなのに幸鷹は自然に、今まで暮らしてきた場所のように馴染んでいた。
 花梨はそっと息を吐き出した。
 届かない人へと。
 恋しい人を想って。
 開きっぱなしのテキストを閉じて、ノートと共にカバンにしまう。
 急ぎの宿題ではない。
 それよりも幸鷹への誕生日プレゼントの方が先決だ。
 普段使えるものがいいだろうか。
 使う度に自分を思い出せるような物。
 京にはなかった物がいい。
 こちらに帰ってきたことが嬉しい、と思ってもらえるものがいい。
 花梨はもう一度、幸鷹のメールの文章を目でなぞる。
 嬉しかったから消えないように、保護をかける。
 声が聴きたい。
 泣きたいくらい苦しかった。
 自分のことばかりを考えてしまう自分が嫌だった。
 早く、もっと早く、幸鷹に釣りあう女性になりたかった。
 二つの世界を渡りあって、巡り会えた人にふさわしく。
 出会った意味があったのだと思ってもらえるために。
「会いたいな」
 花梨の口から本音がポロリと落ちた。
 自分の気持ちを優先してしまうぐらい子どもだった。
 そんな自分に失望して、それでも幸鷹を求める。
 頼りっぱなしだった。
 寄りかかられてばかりでは迷惑だろう。
 わかっていても、心が泣く。
 元の世界に戻ってきたことを後悔してほしくない。
 投げ捨てさせたものは、あまりにも多い。
 だから、その穴埋めができればいい。
 そこまでわかっていても、我が儘が出る。
 携帯電話を握り締めながら、ベッドに戻る。
 感傷的になっているのは、会えない時間が長いからだ。
 それがわかっていて、なお求める気持ちは何だろう。
 花梨は目の奥が熱く感じたから、無理矢理まぶたを閉じた。
 眠ってしまえば、夢の中で出会えるだろう。
 お互いが思いあっているのなら。


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