文が届く日を待つ楽しみ

 行事で忙しくなる前に顏を見たくなった。
 ちょうど唐菓子が届いていたので、それを理由にした。
 口実がなければ会えない人だった。
 いくらでも用件は作れるだろうに、と地の白虎は笑うだろう。
 そんな器用なことができればいいのだろうが、鷹通には無理だった。
 八葉の務めが終わったから、毎日のように顏を見られない。
 それを寂しく思う。
 天から降りてきた乙女が京に残っただけでも幸いなのに。
 どんどん贅沢になっていく。


「鷹通さん、こんにちは」
 神子は笑顔で迎えてくれた。
 会いたかった。
 会うことができた。
 嬉しくて、顔がほころぶ。
「唐菓子が届いたので、お裾分けに来ました」
 鷹通は口実を言う。
「ありがとうございます。
 ちょうど甘い物が食べたいと思っていたんです」
 神子は受け取ると、二階棚の上に大切そうに乗せた。
 文台には和歌が書かれている料紙が置いてあった。
 誰かに送るものだろうか。
 そう思うと鷹通の胸がちくりと痛んだ。
「見ないでください!
 練習中なんです」
 神子は慌てて、料紙をつかむ。
「どなたにか送る予定なのですか?」
 聞きたくもないのに、つい訊いてしまう。
 文台の前に座る。
 取り残された硯箱のような気分だった。
「こちらの世界では誰もが歌を詠むのでしょう。
 留まると決めた以上、こちらの文化にも馴染まないと。
 藤姫と文のやり取りをしているのです」
 神子は赤面しながら、鷹通の向かい側に座った。
 自分以外の異性と文を交わしているわけではない、と知って鷹通は安堵した。
「私も練習相手になりましょうか?」
 鷹通は、ずうずうしく言った。
「駄目です!
 もっと上達してからじゃないと、鷹通さんには見せられません」
 恥ずかしそうに神子は言った。
「残念ですね」
 心の底から思った想いを口にした。
「上手に歌を詠めるようになったら送っても良いですか?」
 神子はうつむいたまま言った。
「神子殿からいただけるのなら、今すぐにでもいいですよ」
 鷹通は微笑んだ。
 そろそろと神子の瞳が鷹通と会う。
「まだ字もまともに書けないので渡せません。
 目標があれば、頑張れるような気がするんです」
「神子殿は向上心がおありですね。
 頑張るあなたも素敵です。
 文が届くのを楽しみにしていますね」
 鷹通は言った。
 右も左も分からぬ世界からやってきた神子は向学心にあふれていた。
 それを好ましいと思う。
「誕生日プレゼントは何が良いですか?」
 唐突に神子が尋ねた。
 そんな季節になったのだと鷹通は驚く。
 天から舞い降りた神子は、誕生日ごとにささやかな贈り物をしてきた。
 自分の番になったのかと思うと感慨が深い。
 こちらにはない習慣だったが嬉しく思う。
「クリスマスと一緒に祝われちゃって、なかなか単独で祝ってもらえませんよね。
 だから、きちんとお祝いをしたいのです」
「くりすます?」
 聞きなれない単語だったので鸚鵡返しをしてしまった。
 神子の表情が曇る。
「お祝い事です。
 神様から授けられた聖人の誕生を祝うのです。
 家族や友達と美味しいものを食べて、プレゼント交換をするのです」
 寂しそうに言う神子は歳相応な乙女だった。
 踏みこんではいけないことを訊いてしまった。
 ここには家族も友達もいない。
 神子はたった一人で京に残ることを決めたのだ。
 いつでも笑顔でいてほしい人だったから、失敗したと思った。
「クリスマスもお祝いをするんですね。
 久しぶりに八葉が集まるとは贅沢ですね。
 どんな料理が並ぶのか、楽しみです。
 プレゼントも考えておかなければなりませんね」
 鷹通は明るい口調で言った。
 少しでも神子の心が晴れるように。
「その前に、鷹通さんの誕生日です」
 神子は真剣な表情で言った。
「本当は神子殿から文をいただきたいところですが、練習中とのこと。
 この間、詩紋殿と一緒に作ったケーキが美味しかったです。
 誕生日に私のためにケーキをいただけますか?」
 鷹通は穏やかな口調で言った。
「そんなことでいいんですか?」
「神子殿が私のために用意をしていただける。
 それだけで胸が高鳴ります」
「わかりました。
 美味しいケーキを焼きますね」
 神子の表情は常の明るい顔に戻った。
 鷹通は心の底でためいきをついた。
「そろそろ、お暇しますね」
 鷹通は立ち上がる。
 見送ってくれるのだろう。
 神子も立ち上がった。
 御簾を掲げると冷気が滑りこんできた。
「誕生日が楽しみです」
 鷹通はにこやかに言った。
「期待に応えられるように頑張りますね」
 神子は自分の手をぎゅっと握る。
「失礼します」
 御簾をくぐり、孫庇に出る。
 鷹通は誕生日という習慣は悪くないな、と思った。
 誰かを思って誰かのために用意する。
 いつか神子から文が届く日が来ることを願う。
 特別だと思ってもいいだろうか。


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