プレゼント

「神子様、どうなさいましたの?」
 藤姫のおっとりとした声に
「どうしよう!
 ……お願い、助けて。藤姫」
 思わず、その手をぎゅっと握って言ったのは、仕方がないことだと思う。
 多分。
 12月に入ってから、あかねはずっと考えていた。
 考えて、考えて、考えて。
 やっぱり、まったく、名案が思いつかなかったのだ。
「どうなさいましたの?」
 大きな目をぱちくりさせて藤姫は尋ねる。
 10歳の少女は小首をかしげたけれど、以前のように金の冠が音を立てることはない。
 あの花をかたどった冠はとても美しいと思うと同時に、とても重たそうに見えた。
 龍神の神子の務めを果たし終わったあかねが一番初めに、人として頼んだことだった。
「鷹通さんの誕生日が来ちゃう」
 あかねは半分くらい泣きたい気持ちで言った。
 気がつけば12月も半分過ぎていた。
「まあ。もうそんな日なんですね」
 おっとりと藤姫は言う。
「何をあげたら、喜ぶと思う?」
「鷹通殿でしたら、……そうですわね。
 神子様からの『ぷれぜんと』が何であっても喜ぶと思います」
 藤姫は言った。
 似たようなセリフを何度か聞いた気がするのは、気のせいではない。
「他の方と同じようになされたら、どうでしょう?」
 藤姫の提案をあかねはゆっくりと心の中でくりかえす。
「うーん。それも考えたんだけど……。
 前回以上に困難かなぁって」
 あかねは両手の指先を合わせる。
 ちょうどできる三角の空間に、目をさまよわせる。
「前回というと……頼久でしたね」
「そう。
 鷹通さんも困らせちゃうと思うんだ!
 誕生日なのに、困らせちゃうのも……」
 欲しい物がわかりやすい人には、それを。
 わからなかった人には「一つだけどんな命令を聞く」という権利をプレゼントしてきたのだったけれど。
 あかねは、ためいきをついた。
「では、誕生日などというものを止めておしまいになれば」
「え! だって、誕生日だよ。
 一年に一度っきりなんだから」
「神子様がお困りになっている姿を見たら、鷹通殿も同じをことおっしゃると思いますわ」
 10歳の少女の言葉は、もっともらしく響く。
「鷹通さんには、悩んでるってナイショにしてね!」
「はい、神子様」
「でも鷹通さんって、何が好きなんだろう?」
 ずっと一緒にいるのだけれど、思いつかない。
 どんな物でも喜んでもらえそうだ、という予想がつくから、これ以上ないくらいに喜ぶような物を贈ってみたいと思うのだ。
「一番お世話になったんだから……。
 あ、藤姫を除いたらだよ!」
「わかっていますわ、神子様。
 鷹通殿は特別なのでしょう」
「と、特別って!
 文字の書き方を教えてもらったりとか、京のことを色々教えてもらったから。
 ほら、先生みたいな感じ!
 だから、ちゃんとしたいなって思って。
 ホントにそれだけなんだよ」
 あかねは手をバタバタとさせて言う。
 藤姫はにっこりと微笑んで、答えなかった。


 12月22日。
 まったく思いつかず、この日を迎えてしまった。
 土御門の女房がいつもより念入りに身支度を手伝ってくれた。
 動きやすくあつらえた水干ではなく、長く裾を引く細長と呼ばれる着物に身につける。
 雪の下で咲く準備をしている花のイメージに近づけるため、着物が何枚も重ねられていく。
 いまだに裾をさばくのが苦手なあかねだったが、今日ばかりは特別だ。
 文句もこぼさずに身支度をした。
「まあ」
 几帳をくぐった藤姫が微笑む。
「お似合いですわ、神子様。
 御髪の色の映えて、本当にお綺麗ですわ」
「本当?」
 動きづらい服装に顔が引きつりそうになるけれど、ぐっと堪えた。
「鷹通殿がいらっしゃいました。
 お会いになられますか?」
「もちろん!」
 あかねは勢い良くうなずいた。
 次の瞬間、つけ毛がぐしゃっとなった音がして、身支度を手伝ってくれた女房たちのためいきが聞こえた。
 あかねは「ごめんなさい」と目で謝る。
 手際よく女房たちは乱れた髪と衣の裾を直してくれた。
「では、お通しいたしますわね」
 クスクスと笑いながら、几帳の向こうに小さな影が消えていこうとする。
「え。悪いよ」
「その調子では、鷹通殿に会う前に乱れてしまいますわ」
 藤姫は「お待ちください」と言い残して、立ち去った。
 合図があったわけではなく女房たちも、頭を下げて退出していく。
 部屋がしーんと静かになったせいか、自分の心臓の音がはっきりと聞こえてくる。
 いつもだったら膝を抱えるところだけれど。
 あかねは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。
 だから、その変化にすぐ気がついた。
 ふわりと鼻をくすぐったのは『侍従』。
 落ち着いた香りで、すっと胸の中に溶けていく。
「お待たせいたしました」
 穏やかな声に、あかねの口元に笑みがつく。
「鷹通さん!」
 気がついたら、立ち上がっていた。
 背の低い几帳だったから、あかねの肩辺りまでしかない。
 眼鏡の奥の穏やかな瞳が驚いたように、わずかに見開かれる。
 それはほんの一瞬のことで、穏やかな笑みに取って代わる。
「お元気そうですね」
 いつものように青年は言う。
「あ、はい。元気です」
「雪の下ですね。
 よくお似合いです」
「ありがとうございます。……あ。っと。
 鷹通さん。
 お誕生日、おめでとうございます!
 何か、欲しいものはありませんか?
 ずっと考えたんですけど……、思いつかなかったんです」
 気を取り直して、あかねは尋ねる。
 本当はびっくりさせたかった。
 すごく好きな物を贈って、喜んで欲しかった。
「ありがとうございます。
 『ぷれぜんと』なら、すでにいただきました」
「え?」
 あかねは目をパチパチとさせた。
「神子殿のそのお気持ちが嬉しいのです」
 鷹通は物分りの良いことを言う。
「それじゃあ、ダメです!
 せっかくの誕生日なんですよ。
 一年分、わがままを言わなくちゃいけません!」
 あかねは反論する。
 今日は特別の日なのだ。
 昨日ではダメで、明日でもダメなのだ。
 12月22日だから意味がある。
「……一年分ですか?
 それは大変ですね。
 では、こういたしましょう」
「?」
「『わがまま』を、とおっしゃられても、私には思いつきませんから、一緒に考えていただけませんか?」
 鷹通は微笑んだ。
「はい!」
 どうやらプレゼントを贈ることができそうだった。
 あかねはニッコリと笑った。


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