幸せな日

 誕生日を知ってから、ずっと心待ちにしていた。
 自分の誕生日以上に待っていた。
 緑が好きだと聞いたので、プレゼントボックスには緑のリボンをかけた。
 プレゼントはきつね色に焼けたクッキー。
 自分でも上手に焼けたと思う。
 手元に残るもの、は未練が残ってしまうから、消えるものにした。
 穏やかな想い出になって欲しかったから。
 永遠を生きる神様のような存在と一緒の時間を過ごせるのは貴重だった。
 女王試験が終われば、アンジェリークは家族の元に返されるだろう。
 それがわかっていたから、よりいっそう誕生日を祝いたかった。
 通い慣れた道を歩く。
 試験はいつまで、続くのだろう。
 終わるのは、ずっとあとだったらいいのに。
 そんなことを考えながら、地の守護聖の執務室のドアをノックした。
「開いていますよー」
 ドア越しに声がかけられた。
「アンジェリークです。
 失礼します」
 少女は緊張で声が裏返らないように気をつけて言った。
 ドアノブを開けると天球儀をくるくると回すルヴァがいた。
 アンジェリークを見ると柔らかに微笑んだ。
「ちょうど、あなたのことを考えていたのですよ。
 ふふ、想いが通じ合ったのでしょうか?」
 穏やかに青年は言った。
 アンジェリークの心臓がトクンと跳ねた。
 何故だかわからないけれども、涙があふれてくるのを感じた。
「今日は、どんなご用でしょうか?
 よければお茶を飲んで、話でもしませんか?」
 ルヴァは言った。
 アンジェリークは言葉が詰まって、無言でプレゼントボックスを差し出した。
「私に、ですか?」
 ルヴァはブルーグレイの瞳を瞬かせる。
 少女は呼吸を整える。
 まだ胸はドキドキ言っているけれども、大丈夫。
 笑顔で言えるはずだ。

「お誕生日、おめでとうございます」

 アンジェリークは記憶に残ってほしいと贅沢な願いを思いながら言った。
 ブルーグレイの瞳が細められた。
「そういえば、誕生日でしたね」
 永遠を生きる神様のような存在は、歳を数えるのをやめてしまう、という。
 いつまでも続く役目だから、気が狂ってしまうから。
 外界との差を感じて、苦しむから。
 思い出させてしまった、そのことにアンジェリークは心が痛んだ。
「ありがとうございます」
 ルヴァは笑顔でプレゼントボックスを受け取ってくれた。
 それだけで充分だ。
 もう、思い起こすことはない。
「あー、そうですね。
 いくつになっても誕生日を祝われるのは嬉しいものですね。
 覚えてくださって、ありがとうございます。
 特別な日になりましたよー」
 ルヴァは礼を言った。
 少女はそれだけで喉からこみあげてくるものがあった。
 青年の心の広さに甘えが出そうだった。
 プレゼントを渡せるだけでよかったのに、お祝いの言葉を伝えられれば良かったのに。
 それ以上を望んでしまう。
「あなたの誕生日にはお祝いさせてくださいね」
 ルヴァはさらりと言った。
 アンジェリークは翡翠色の瞳で、青年を見上げる。
「べ、別におねだりに来たわけじゃ、ないです」
 少女はあわてて言った。
「あなたにも、この喜びを味わっていただきたいのです。
 私のわがままです。
 それだけですよ」
 ルヴァは穏やかな口調で言った。
 守護聖様に誕生日を祝われる。
 そんな幸運な女の子はどれほどいるだろう。
 いや、違う。
 青年が守護聖だから嬉しいんじゃない。
 アンジェリークにとって、生まれて初めて好きになった人だから嬉しいのだ。
 顔が赤くなるのがわかったから、少女はうつむいた。
「お気持ちだけで充分です」
 アンジェリークは言った。
「私のわがままは聞けませんか?」
 ルヴァは穏やかな口調のまま言う。
 ずるい、と思った。
 断ることができない。
 それが嬉しくって、それが幸せで。
「……た、楽しみ、にして、います……」
 アンジェリークはしどろもどろに言った。
「私はお茶の準備をしてきます。
 座って、待っていてくださいね」
 ルヴァは言うと、部屋から出ていった。
 取り残されたアンジェリークは、部屋の真ん中でうつむいていた。
 こんなに幸せな日になるとは思ってもみなかった。
 自分の誕生日が楽しみだった。
 それまでの時間まで、女王試験を受けなければならない。
 ロザリアとは大差をつけられている。
 挽回できるだろうか。
 そんな悩みすら嬉しい悩みだった。
 自分の誕生日が心待ちになった。
 きっと素晴らしい時間を過ごせるだろう。
 大好きな人に祝ってもらえるのだから。


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