fall

 ツイッと白いものが目の端を横切った。
 エルンストは思わず立ち止まった。
 紙飛行機だった。
 彼はそれを拾った。
 良く飛ぶように、改良折りされた紙飛行機だった。
 一体どうしてこんなものが。
 場違いなものに彼が困惑していると、同じ方向から紙飛行機が飛んでくる。
 一つだけではなく、二つ、三つ。
 真っ赤な夕空に白い紙飛行機が飛ぶ。
 鮮やかなコントラストだった。
 エルンストは、紙飛行機を片手に振り返った。
 赤い炎に彩られた中等部の校舎が目に入る。
 その三階、窓が一つ開いている。
 紙飛行機の軌道と風向きから、あの窓から飛ばされたことは非常に高い可能性だと推論される。
 人影があった。
 エルンストの視線に気がついたのか、窓はピシャッと閉められた。
 手元に残った紙飛行機を丁寧に開く。
 予想通り、テストの答案用紙だった。
 98点と赤字で書かれた横には、大きな字で持ち主の名前が書いてあった。
 エルンストは口元に笑みを刷く。
「単純なミスですね」
 答案用紙には一つもバツがなかった。
 代わりに三角が二つ。
 だから、98点。
 満点が取れたかもしれない。
 本人は、満点の答案が返ってくると思っていたのだろう。
 ……そのため、気に入らず捨てた。
「そんなところでしょうか?」
 エルンストは推理する。
 彼はこの持ち主に興味を持った。
 勝気な自信家、その上やや短慮。
 まるで、炎のようだ。
 この太陽のように激しい気性だろう。
 会ってみよう、と思った。



 ザワザワ
 廊下が騒がしい。
 昼休みの廊下は賑やかだけれど、それにしたって。
 今日のは、質が違うようだ。
 華やぎ、と言うものがある。
 ところどころで黄色声。
 レイチェルは興味なさげに廊下を見やる。
 ざわめきと共に男子が教室に入ってきた。
 それで、レイチェルは納得した。
 中等部の校舎に、高等部の生徒がやって来れば、注目の的だ。
 しかも、顔がある程度、整っている。
 これでは女子が放っておくわけがない。
 背は平均よりも、やや高いだろうか? 中1のクラスにいればなおのこと大きく見えた。
「失礼。
 このクラスにレイチェルという名の生徒はいますか?」
 声変わりが終わった声が言う。
 無駄に黄色い歓声が上がる。
 一気にレイチェルは注目の的になった。
 これでは、誰が『レイチェル』か教えているようなものだ。
 少女は仕方なく席を立った。
 ゆっくりと教室のドアまで向う。
 その間、頭の中のファイルを片っ端から引っくり返す。
 ……知らない。
 見覚えがない。
 少女の知り合いにこんな男はいない。
「ワタシだけど?」
 レイチェルは先輩を見上げた。
 色素の薄い瞳がぶしつけなぐらい、ジロジロと少女を見た。
「何の用?」
「落し物です」
 折り目がしっかりとついたテスト用紙が差し出された。
「捨てたのよ!」
 レイチェルはかぁーっと赤面した。
「それでしたら、ゴミ箱へ。
 公共道徳が守れないほどの赤ん坊には見えませんから、それぐらいはできますよね」
 先輩は冷笑した。
 それに感情の振り子が激しい少女はカチンときた。
「わかったわよ!
 ありがとうございました。
 ご用はそれだけですよね!」
 レイチェルは乱暴にテスト用紙をひったくる。
「機会があったら、また会いましょう。
 では、失礼」
 最後までいやみったらしく先輩は立ち去った。
 その背に向って、レイチェルは舌を出した。



「と、言うことがあったの!
 チョー、最低だと思わない!?」
 感情もあらわに、レイチェルはテーブルを叩く。
 繊細なレースが縁にさりげなく施されたテーブルクロスの上、野いちごの花が生き生きと描かれたティーカップとソーサーがガチャンと音を立てた。
 その音にコレットはびっくりし、ロザリアは形の良い眉をひそめる。
 アンジェはきょとんとする。
 ローズコンテストを通して、仲良くなった四人組は、今日もお菓子を持ち寄って小さなお茶会をしていた。
「災難だったね」
 ぽよよんとコレットは言う。
 黄色いリボンがトレードマークの同級生はいつでも穏やかに笑っている。
「まず、テスト用紙を紙飛行機にする方が間違っていますわ」
 ロザリアはティーカップを口元に運びながら、ツンとすまして言う。
「だって、手元に置いておきたくなかったんだよ!」
 レイチェルは唇をとがらせる。
 答案用紙なんて、満点以外は全くの無価値だ。
 むしろ汚点にしかすぎない。
「でも、その先輩、ちょっとかっこよかったんでしょう?
 すっごい、ウワサになってる」
 アンジェが無邪気に笑う。
「別に、フツーだったよ」
「お礼をした方がよろしいんじゃなくて?」
「どうやって?
 名前だって知らないのに?」
 お礼なんて勘弁してほしい。
 あの顔をまた見たくはない。
 それなりに観賞価値があるのかもしれないが、見ていて気持ちの良いものではない。
 あの、笑顔は……特に。
 レイチェルは声をとがらせる。
「名前、聞かなかったの?」
 アンジェは緑色の瞳を真ん丸くしてレイチェルを見た。
「必要ないじゃん。
 二度と会うことなんてないんだろうし。
 興味もないもん」
「じゃあ、相手はレイチェルの名前を知っていて、レイチェルは相手の名前を知らないのね」
 何でもないことのようにコレットは言った。
 場が一瞬、シーンとする。
「なんか、むかつく」
 レイチェルはとても負けず嫌いである。
「二度と会うつもりがないなら、かまないのではなくって?」
 ロザリアは意地悪に微笑む。
「それでも!」
 相手だけが知っているのは不公平な感じがする。
「じゃあ、調べればいいのよ。
 きっとすぐにわかるわ」
 アンジェはニコッと笑う。
 探偵の真似事だ。
 ローズコンテストが終わって、楽しみが一つ減ったのは確かなこと。
 他人事なら、より面白い。
「面白そうですわね」
 ロザリアも賛成した。
「がんばりましょう」
 おっとりとコレットも言った。
 


 スウィートナイツという巨大なコネクションを持つ少女たちにとって、人探しは呆気ないほど簡単なことであった。
 例の先輩はすぐさま見つかり、写真つきのレポートが完成したのは翌日。
 小さなお茶会は、報告会になる。
 レイチェルは苦い薬でも飲むかのように渋い顔をして、お茶を飲む。
「名前はエルンスト」
 アンジェは得意気に言う。
「ふーん」
 レイチェルは面白くなさそうに言った。
「家族は両親と姉。
 今は高校三年生で。
 エルンスト先輩ってすっごく頭が良いんだって。
 学校始まっての秀才と誉れが高いのよ」
「ルヴァ先輩よりも?」
 レイチェルは訊いた。
「どうなのかしら?
 ルヴァ先輩は文系だけれど、エルンスト先輩は理系だから、一概には比べられないんじゃないかしら?」
 ロザリアは優雅に小首をかしげる。
「運動神経も悪くなくて、テニスが得意」
 アンジェは報告を続ける。
「苦手なものとかないワケ?
 チョー、エリートにしか聞こえないんだけど?」
 レイチェルはうげっという顔をする。
「実際、エリートなのよ。
 前途を嘱望されているの」
 コレットも言う。
「末は博士か、大臣か。を、地でやってるのね。
 イヤミな人間だよ」
 レイチェルはますます不機嫌になる。
 欠点がない人間。
 まるで、ロボットのようで気持ち悪い。
「あ、でも苦手なもの、あるみたい?
 えーっと。
 お菓子が好きじゃないんだって。
 ずーっと、バレンタインデーとか、記念日とか、絶対に受け取ってくれないんだって」
 アンジェが言った。
「よし、それだ!」
 レイチェルは瞳をきらめかせた。
 お菓子を愛する人たちの国である『スウィートランド』では、感謝にお菓子を贈ることはよくあること。
 お菓子が嫌いな方が悪いんだ。
 レイチェルは手の込んだ嫌がらせをすることを決意した。



 その日からレイチェルは調理室にこもった。
 それこそローズコンテストのときのように、熱心にお菓子作りに打ち込んだ。
 レシピを調べ、完全なるお菓子を目指す。
 ゼリー系は一切無視する。
 甘くないからだ。
 プリン、ババロアは口当たりが良いから、甘党でなくても数をこなせてしまう。
 クッキー、ドーナツもダメだ。
 焼き菓子は日持ちしてしまうし、甘くするにも限度がある。
 和菓子も良くない。
 上品な甘さと、その大きさが間食させてしまう。
 残るはパフェとケーキ。
 しかし、パフェには溶けるという問題点がある。
 エルンスト先輩を呼び出す、というのは骨が折れそうだった。
 やはり、大本命のケーキであろう。
 それも生クリームたっぷりのデコレーションケーキ。
 甘いだけではなく、ちゃんとおいしいヤツ。
 そうでなければ、レイチェルの自尊心が満足しない。
 レイチェルはいくつかの試作品をへて、一つのケーキを完成させた。
 三色のスポンジからなる、オレンジのチョコレートケーキ。
 下からオレンジピールのぎっしり入ったスポンジ、ほろ苦いココア、軽やかなプレーンと美しい三層。
 間に挟まれた生クリームはややかためで、バニラビーンズが入っている本格派。
 スライスされたオレンジの砂糖漬けと、削ったチョコレートをトッピングし、銀のアザランでアクセントとつける。
 コアントローとチョコレートの香りが大人びたハーモニーを奏でる。
 店に出してもおかしくないようなケーキであった。
 一人で食べるには大きすぎる一ホールを、レイチェルは嬉々としてラッピングする。
「完成♪」
 是非とも受け取っていただかなければ。
 レイチェルは満面の笑みを浮かべた。



 高等部の校舎に入ると、緊張する。
 周りみんな、大人に見える。
 レイチェルはドキドキしながら、廊下を歩く。
 同世代の中では背が高いレイチェルでも、ここでは小柄だ。
 みな、背が高い。
 中等部の校舎よりも、広い校舎、たくさんの生徒。
 意味もなくキョロキョロしてしまう。
 大きめの箱を胸に抱えながら、レイチェルは早足で歩く。
 ようやく、三年生の教室にたどり着く。
 ここまで来るのに、ずいぶんかかった気がする。
 大きな紫色の瞳は、前方のドアを見据える。
 ようやく、ここまで来た。
 リベンジを果たす。
 レイチェルは頬を紅潮させる。
 少女は深呼吸する。
 頭の中で最終シュミレーションをする。
 教室のドアを叩いて、それから……。

 ガラッ!

 目の前のドアが勢い良く開いた。
「おやぁ?お嬢さん。
 何かご用かな?」
 陽気で闊達な大柄な男子校生に出現に、レイチェルはびっくりした。
 予想外な展開もいいところだ。
「え?
 あ……。
 その」
 さすがのレイチェルもしどろもどろになる。
「誰かお探しかな?
 その色男が俺じゃないのが残念だ」
 陽気な先輩は大げさに肩をすくめて見せる。
「どうしてわかるの!?」
「やっぱり、正解。
 可愛い女の子が大きな箱を抱えてくるなんて、答えは一つしかない。
 で、お相手のお名前は?」
 陽気な先輩はニコリと笑う。
 そこで、レイチェルははたっと気がついた。
 今まで気がつかなかった自分がどうかしている。
 これでは、まるで……恋の告白、のようではないか。
 レイチェルは赤面した。
「そんなんじゃないよ!
 ただ、この前のお礼に!!」
 レイチェルは声を荒げた。
「はいはい。
 それで名前を教えてもらわないと、呼べないんですけど」
 陽気な先輩は笑顔を崩さずに言う。
「え、あ」
 レイチェルは少しばかり自分の子どもっぽさに嫌悪した。
 初対面の先輩に、失礼な態度を取ってしまった。
「あの、エルンスト先輩を呼んでもらえますか?」
 レイチェルの言葉に、陽気な先輩は尻上がりな口笛を吹く。
「それはそれは。
 ちょっと、待ってて」
 面白いものでも見つけたように陽気な先輩は、瞳を輝かせる。
 レイチェルは何故か、身の危険を感じた。
 これから、良くないことが起きるのではないのだろうか。
 そんな嫌な予感がする。
 教室の方に頭だけ向けて、叫んだ。
「おーい、エルンスト。
 いつの間にこんな可愛い女の子、引っ掛けたんだ?」
 教室がどよめいた。
 何人がわらわらと席を立ち、わざわざレイチェルを見にくる。
 あっという間に人だかりが出来上がる。
「ちょー、かわいいー!」
「あー、この娘、ローズコンテストの入賞者じゃない?」
「どうやって、出会ったの?」
 好奇心に満ち満ちた声に囲まれてしまった。
 レイチェルは人から注目されるのが好きだが、これは何かが違う。
 まるで、玩具になっている気分だった。
 嫌な予感は的中したわけだ。
「ご用件は何ですか?」
 見覚えのある人物が、人の波をかきわけてやってきた。
 レイチェルには救いの主に見えた。
 白い服を着せて、頭にわっかを載せれば完璧だ。
「あの!
 これ、この前のお礼です!」
 レイチェルはずいっと箱を差し出した。
 場がどうしてかわからないが、静まり返った。
「……。
 お礼をされるほどのことはしていませんが」
 眼鏡の奥の瞳は冷たい。
「別に、大したことじゃないし!
 ほら、お菓子作りが好きで、これ試作品だし。
 ぜひ、食べてください!
 味には自信あるんだから!」
 レイチェルは必死に言った。
 不思議なぐらい自分でも必死になっている。
 これは嫌がらせのつもりで作ったケーキなのに。
 どうしても、受け取ってもらいたかった。
 しばらくの沈黙。
「ありがとうございます。
 おいしく頂かせてもらいますよ」
 エルンストは言った。
 表情も変えずに言うのだから社交辞令も良いところだが、レイチェルは目を瞬(しばた)かせた。
 手にしていた箱の重みがなくなり、ふっと軽くなる。
 レイチェルの顔がフワッとほころんだ。
 受け取ってもらえた、という事実が嬉しかった。
 拍手喝采、野次と口笛が響く。
「失礼しました」
 ペコッと一礼すると、レイチェルは走り去った。
 その表情は紛れもない笑顔だった。
 悪戯を成功させた子どもの笑顔ではなく、純粋な喜びを感じたときに人間が浮かべる笑顔だった。




 数日後。
 レイチェルは意外な人物から訪問を受けた。
 昼休み中。
仲良し4人組でランチをしていた。
レイチェルは大好物のチーズサンドを思わず落としてしまいそうになった。
「昼食はいつもこちらなんですか?」
 訪問者は言った。
 面白みもない、ありきたりな世間話の切り出し方だった。
 が、レイチェルはひたすらびっくりしていた。
 あのエルンスト先輩がいたのだ。
 一体、どんな用がレイチェルにあるのだろうか。
「この前のケーキは大変おいしかったですよ」
 エルンストのその言葉に、レイチェルはようやく思い出した。
 あのようなささやかな悪戯は、彼女の忙しい日常の中では埋没してしまう。
 すっかり、忘れ去っていたのだ。
「食べられたの!?」
 レイチェルはわざわざ言わなくても良かったことを言ってしまった。
 言わずに丸く収めることなど、彼女には思いつきもしないのだった。
「……食べられないものを作ったんですか?」
 エルンストは皮肉げに言った。
 レイチェルの友人たちは顔を見合わせて、プッと吹きだした。
「まさか!
 ちゃんと、おいしいヤツを作ったよ!」
 言葉のニュアンスの違いにレイチェルは気づかなかった。
「ええ、完璧でしたよ。
 文句のつけようがありませんでした」
「当然でしょ!
 このワタシが作ったんだから!」
 レイチェルは胸を張る。
「ワタシが言いたかったのは、アナタが甘いものが嫌いだから、ってコト」
「なるほど。
 それでケーキでしたか」
 エルンストは薄く笑った。
「あ!」
 レイチェルは思わず口を手で覆う。
 墓穴を掘ってしまった。
「甘いものは、嫌いではありませんよ。
 ただ、たくさんはいらないだけです。
 これは、ほんのお礼です」
 エルンストはレイチェルに紙袋を押しつけた。
 紫色の瞳は紙袋とエルンストを交互に見遣る。
「これからの活躍を期待していますよ」
 エルンストはそう言うと、立ち去った。
 レイチェルは紙袋を見つめ続ける。
「ねー、レイチェル。
 謝らなくていいの?」
 レイチェルの服をコレットが、ツンツンと引っ張る。
「別に!」
 レイチェルは鼻を鳴らす。
 自分は悪いことなど一つもしていない。
 あんな先輩のことを気にする必要はないのだ。
 現に、ついさっきまで忘れ去っていたのだから。
「何、もらったの?」
 アンジェが訊く。
「さあ?」
 レイチェルはイライラしながら、紙袋を開けた。
 乱暴に中身を取り出す。
 真っ白なエプロンだった。
「かわいい!」
 アンジェは言った。
 レイチェルが間違ってもつけないようなタイプのエプロンだった。
 長い丈でフリルの裾、少女趣味な。
 レイチェルの趣味に合わないエプロンだ。
「上品ですわね」
 ロザリアが言う。
「お礼、言わなくてもいいの?」
 おっとりとコレットは言った。
「うー」
 レイチェルは迷った。
 どうしてなのか、わからないけれども。
「絶対、後悔するよ」
 コレットは穏やかに笑う。
 レイチェルはスッと立ち上がった。
 そして、走り出した。



 この世にわからないことなどなかった。
 解けない問題はなかった。
 完成しないパズルなんてなかった。
 全ては簡単で、退屈するほど面白みがなかった。
 わからないことなど……なかったのだ。
 初めてぶつかる大きな謎。
 それにレイチェルは挑み始めたのだ。
 途惑いは手ごたえになる。
 不安は期待になる。
 疑問は意欲になる。
 とことん付き合って、原因をしてやる。
 そしたら、スッキリする。
 少女は、走り出したのだ。



「エルンスト先輩!」
 呼び止められてエルンストは立ち止まった。
「エプロン、ありがとうございます!」
 レイチェルは勢い良くお辞儀をした。
「こちらこそ、おいしいケーキをありがとうございました」
 エルンストは言った。
 勝気な少女でも一瞬、顔を曇らせた。
「嫌味ではありませんよ。
 事実です」
 エルンストは小さく笑った。
「もう、しません……」
 悪いことをしたという自覚はある。
 レイチェルはうつむいた。
「それは勿体ない。
 ローズコンテストの入賞者のケーキなど、そうそう食べられるものではありませんから」
 エルンストは言った。
「……おいしかった?」
 レイチェルはちらりとエルンストを見上げた。
「ええ。
 おいしいケーキだった、と何度も言ってもわかっていただけないようで、少し残念ですが」
 エルンストは淡々と言う。
「だって、甘いものが嫌いって」
「苦手なだけです。
 食べられないわけではありませんよ。
 それに、おいしいものは、おいしいのです。
 一般的な味覚を所有しているつもりなのですが、そうは見えませんか?」
「ううん。
 なら、良かった」
 レイチェルは笑った。
 嫌がらせのためにケーキを焼いたのだけれど、喜んでもらえる方がずっと良いことだと気がついた。
「先輩はどんなお菓子が好きですか?
 今度はちゃんと作ります!」
「どんなものでも良いですよ。
 貴方が作るものなら、どれもおいしいでしょうから」
 エルンストは微笑んだ。
「はい、頑張ります!」
 レイチェルは元気良く言った。


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